CP9小話


□Mente Debole
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※Per casoの設定引継なので続編に近い。次はえろ(たぶんやりません)


これはもう好きにさせていたほうが気楽なのではと、ついに諦観しかけてしまった。拒否の言葉を続けても生返事か無視な分余計なのだろう。おい、と何度も声はかけた。今までにないくらいの数はそう言った。だが結局。そんな簡単なことで話が通じる相手ではないことはずいぶん前に知れたことだ。なんでこちらが妥協しなければいけないのかという理解しがたい感情には蓋をして。捕られた右手を犠牲に時が過ぎるのを待っていた。腰かけているベッドの片側が小気味よく揺れるのはこれで何回目か。見世物かなにかを望むなら自分自身でやれと言いたいのが正直な心情である。意識せずともその身体が異質なことは十分わかることだろうに。
少し強引に指を曲げて、指の腹を、節をなぞられる。関節部に指を絡ませ、これでもかというほどのぞき込む。それが終わると、今度は手のひらをひっくり返して。あらわになると言うと少し語弊だが手の甲に浮き上がる血管に指を這わせている。ぐにぐにと押しつぶすしぐさを繰り返しては皮膚の感触を確認して、それにならって皮膚が押し上げられる。この一連の流れを青年はただひたすら繰り返している。何がそんなに面白いのか。年の離れた同性の行動の意味が見いだせず。かといって、現状停戦に近い状態に亀裂を入れたくはないというのもある。いずれにしろ見当もつかないために、苦肉の策で訓練の一環だと思考した時だった。下げた視線の先。頬杖をついた状態でふいに己の靴のつま先が少しずれた。音もなくほんの数ミリだけ。とたんに眉が寄って、視線は真横の人物へとまた注がれる。驚くほどでもない小さな痛み。けれどそこまでのことを許可した覚えはない。

「───やめろ」
「───なんで」

こいつ本当にバカじゃないのか。一瞬口走りそうになった言葉を飲み込んで、息を吐く。触れるまではまあ、良しとしよう。まだ。だが何をして爪を立てて良いと思ったのか知りたい。いや知りたくない。余計なことに首を突っ込むのはそれこそ愚策になりかねない。
六式を会得するために人体を極限まで鍛えるというのは、言ってしまえば簡単に聞こえる。が、実際はそうもいかない。常人の何倍になるのか数えたこともないが体技を磨けば磨くだけ身体は無傷とは言えなくなる。治癒する前提だとしてもその身体は次第に傷を増やしている。こと指銃や嵐脚は攻撃を担うために訓練開始の時点で傷が残ることが前提となってしまう。何度も皮膚が裂けて、瘡蓋になる前にまた裂けて、年月を経た今ですらうっすらと傷跡が残ってしまう。たとえ目を凝らしていなければ見えないとしても、任務上それがひどくて手袋を手放せない場合がある。同僚だけでない自分も例外ではなく。訓練開始時期が早い訓練兵には顕著だった。
薄い皮膚の線を微弱とはいえ爪先で押しつぶされるのは不快でしかない。それを知っているのか、知らずにやっているのか。どちらにしろ好意的な行為ととらえるのは難しい。

「───」

なんで、とそうのたまった青年は顔を上げることはない。返して、いまだ色白な手のひらを見て指先が蠢いている。こういう時に限って能力柄察知してしまったのは不運というほかないし、というかそういうことは他所でやれというべきなのだ。痛覚が鈍いわけでも、過敏なわけでもない。ただその行為の対象に己が入っていることがいやだったのだ。
濡れた感触はしだいに渇き、奇妙なぬるさと冷たさが両立する。ひくり、と片側の口角が反応するのと同時に舌先が触れた指先が大げさなほど震えて。ああくそ、と一人悪態をついたのだった。




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