CP9小話


□Bel Sogno
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※お世話になっているフォロワー様のイラストからイメージをいただきました。
※一味と乗船している豹を迎えと評して奪還する雉(護謨豹+雉豹)

 早朝、といってもまだ太陽が地平線の上にあがるより以前。まだ夜といってもいいが、あと一時間もすれば日の出となる。
 長年の経験から深く眠ること、長い睡眠を身体が拒絶することもあり、この時間帯になると自然と目が覚める。自身にとって心身に余裕を持たせるには十分な睡眠でもそれが特異なことであると自覚したのはここ最近の話である。
 とにかく長い。いやそれが普通というのかもしれなかった。ここの船員たちの睡眠時間はとにかく自分の睡眠時間よりも長い。あと二時間は誰も起きてはこない。
 誰にも知られることなく、ただ一人静かな時間を過ごす。身体を起こすとベッドがわずかに軋んだが気がした。この時間に一人だけ意識があるというのはいつものことで、隣で寝ぼけて能力を発動しようとする身体を軽くいなしながら、床に足をつけた。わずかに冷えていた。
 気配に気づいて愛鳥がばさりと羽を広げた。一緒に行く。そう言っているようにも取れる仕草を視界の端でとらえながら、指先でその嘴をゆるりと撫でた。
 来なくていい、そんな意味を込めたひと撫で。長らく苦楽を共にした分だけ理解も早い。すりすりと指に柔らかな身体をこすりつけて甘えながら、わかったというように一声あげる。
 ここまで、お互いに起きてしまないようにと気を遣ったのだが、それが裏目に出たようだった。せっかく待てができるだろうと思っていたのに、どうにも覚えが悪いようだった。
 息を吐く。愛鳥にではなく、先ほどまで覚醒などしていなかったはずの青年のせいで、それは大きくなっているようにも聞こえた。
 何度か逃げたりしないと告げたこともあるが、どうにも信用がない気がする。よくよく考えれば開こうとした扉を開かないように抑えながら「俺も行く」と言ったことのほうが珍しさがあるかもしれない。
 覚醒にかける時間が短いということは互いに知っているため、日常的活動が開始されると早いのは自分ではなくなる。
 これといって修練以外にやることがないということもわかっているため「今日はこっち」と言われて素直に言うことを聞くことも己の中ではさらに珍しいことだった。

「なんだ、急に」

 年下に腕を引かれながら甲板にあがるというのはどことなく故郷での経験と被るところがあった。任務に浮かれているわけでもない面倒を見ている少年の一人が、船という造形物に興奮して連れまわされた。
 これが、役の立たない訓練兵であったなら迷わず切り捨てていた可能性があるが、今頃は後継として役目を継いでいる可能性のほうが高いかもしれない。

「お前の手、冷てぇ」
「ほっとけ」

 そりゃあこんな日の出ていない時間に甲板にあがれば冷えるにきまってる。吐いた息がわずかに白くなる。足元はまだ冷たさがあった。

「こっちこっち」

 何の変哲もない甲板。その一番先端を指さして。青年が特に気に入っているとよく口にする場所でともに腰を下ろす。二人分座るにはまだ余裕があるが、潮風を強く受けるため風は少しばかり強かった。

 日の出までは、もう少し。

「俺さぁ、ここが一番気に入ってるんだ」
「…知ってる」
「──お前は?」
「は?」

 肌に受ける潮風を少しでも防ごうと薄手のシャツを胸元で引き寄せる。本当にわずかにしか意味がないが、それでも暑さよりもましかと思案している間に彼がそんなことを聞く。

「お前は、ここが好きか?」
「それは命令か?」

 怪訝な表情のまま質問を質問で問い返すと、青年は頬を膨らませた。求める答えではないこともそうだが、性格柄の好みの話である。実際そういう部分でかみ合ったことはない。

「そーいうのは好きじゃねぇっ」

 潮風になびく髪を抑えながら、ふと考える。いまは、何と答えるのが正解なのだろうか。指先の感覚が先ほどよりも薄れていく。吐き出す息だけが熱を帯びたように熱いと思う。
 開きかけて、それをやめて、また唇がわずかに緩む。冷えた身体のまま鼻を啜りつつ視線を外したまま、時間だけが過ぎていった。

「馬鹿らしい」

 返答ではない声がすると同時に、見えるのは足元だけになる。立ち上がり一足先に甲板へと足をつける。背中から吹き抜ける風に逆らわず衣服がたなびく。邪心がない質問ほど困ったものはない。
 はっきりと答えが聞ける確信があるわけでもないとわかっていたのなら人が悪い。
 待つのはあまり、好きじゃないんだ。

「一度しか言わないぞ」

 微かな音量でも耳の良い青年は顔を上げる。期待を寄せるまだ幼い顔。日の出に時刻が近づき、その背後から光がさす。
 光を背にした青年の影に自身の影が重なった。柄にもなく悪くないものを見たと思った。ああそうだ。その通りだった。

 結局自分はその隣に立つということができないのだ。

 驚きにのまれた青年がただただ唇を震わせる。面白いくらいに。指も頬が痛いほど冷えきっているはずだが、すでに痛みはないようだった。

「…お待ちしておりました」
「あら、珍しいね。そんなこと言うなんて。それじゃ──」

 社会見学はもう終いだ。

 珍しい。確かに。こんな最後も悪くはない。微か冷気。それには特定の匂いが存在する。この事実をいまの世界で知っている人間はどれほどいるだろうか。
 ただの冷気として、見逃しやすい誰にもあるというわけではないその特徴を忘れるほど落ちぶれたわけじゃない。ただ、

「───。」

 ゆっくりと。口にできなかった言葉を音にせず告げる。気づくかどうか、理解するかは奴次第。わずかな時をくれたこと。いや、これだけの時間をくれたことには感謝しよう。

 重なりあって聞こえたのは己の名であったこと。青年がどういった顔をしているのかは永遠と知ることはない。



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