CP9小話


□Voglio Te
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※オチは参謀豹だけど末弟に甘い豹なので護謨豹

 初対面の印象は見た目通りだといいたい。冷たい目をしたいやなやつ。たったそれだけの第一印象はしばらくの間は覆ることはなかった。実際、最低限の口数だけでしか会話が成立しないし、その会話も大したことのない、これといって彼の正体を明確にできるものでもない。
 年齢が十を超えた数週間後、突然紹介された自分たちよりいくらか年上の青年。一人以外は血縁関係のない祖父の関係者が懇意にしている人物。その知り合いだということ以外はわからなかった。
これから先、自分たちの戦闘訓練の面倒をこの青年がみる。ということを聞いたときは、耳を疑った。一人ひとりではなく三人いっぺんで面倒を見るというのだ。こんなやつに、という内心もあれば、なぜこの青年にそんなことができるのだろうという考えもあった。
 すでに能力を得ている末の弟とは違い、一定の訓練のレベルはクリアしている。能力を制御するための訓練もそれほどレベルに差があるわけではない。そのためこれまでの指南役はことごとく負かしてきた。特に遊び場同然の森の中では負けたことが一度もない。どんな技術に長けた人物もすぐに撒いて見せ、ひと月と待たずに人が変わる。そのたびに物足りないと愚痴をこぼした。
 だから油断した。この青年もこれまでの人間と同じだと思った。多少の強さをひけらかし、相手を格下と決めつけた。己の足元を救われることなどケほどにも考えていなかった。
その日は森を抜けて、海へと向かうには絶好の機会であった。夜明け前で少しの霧。慣れていなければ方向を見失う深い森。抜けることができるのは十年もの間ここで寝食を共にしていた三人だけ。十年分の遊びの経験値をいかし、出し抜いてやる。それが新しい指南役がくるたびに行っていた、いわば試験のようなもの。
 これができれば、少しだが遊び相手にはなるということがわかっていたからだ。指南役といってもすぐにあれこれ指図をするわけでもない。少し離れた位置からこちらをみているのは知っていた。これまでの人間とは違っていたのは距離感そのものであり、こちらに対して大きな意思をぶつけるつもりがないようだった。淡々として仕事をこなそうとしている人物。ならばその出鼻をくじいて楽しもうという腹積もりだった。



***

 結論から言って、前述した通りにはならなかった。と、いうのも。森を進むうちにおかしいことに気づいた。海岸まではあと少し、というときである。
 そういえばあの青年は常日頃、森の中を走り回り、暴れまわる自分たちがどこにいるのか知っているように傍にいる。誰かが一人の時はそれぞれの離れた別の二人とちょうど中間の位置から気配を発している。
 それはこの森の地形を正確に把握し、どの位置からなら最も早くたどり着けるのかを知っていなければできない。青年がここにきて、まだ一週間とたっていない。たったの一週間、いやそれよりもっと少ない日数かもしれない。

 ならばあの青年は、わずか数日で、森の地形を把握したというのか。

 血の関係がなくとも、年齢から長男に近い自分がそうなるまでに約十年の時間をかけている。末弟はそれに少しかけた。茂る木々の角度。枯れる木の葉の早さ。日光の当たらない場所。獣が多い水辺の周り。これまでの歳月をかけて作り上げたオリジナルトラップのエトセトラ。

 駆け抜ける森をみる。抜けた背後に、人はいない、はずだ。

「鈍いな」

 這いずられる様な音は身体に危機を知らせる。振り返った状態の背後には確かに、誰かがいた。

 そんなことがあったものの、それから先。つまり現在に至るまで。この作戦は二度と成功しなくなった。成功というか、逆に成功させて来いと強要されることのほうが増えた。
 相手を嘲る意味を持っていたはずの行為がいつのまにか、鏡のように反転していた。

「今日はちょっと遅かったね」

 呑気な声で言う長身の男は背後にいるいつかの青年へ告げている。大石に座り込み、待つこと五分。実は最長記録の更新である。

「やっとやりがいでてきた?」
「小指の程度、ですかね」

 小指かぁというが早いか。どさりと両脇に抱えた青年三人分を遠慮なく地面に叩き落し、目覚め代わりの痛みが同時にうめき声を生む。ついてもいない両手の汚れを落とし、スーツを整える。

「……いたい」
「目覚めて何よりだ凡骨」

 いや絶対わざとじゃん。言いたいことはあったけどなにぶん本気で頭が痛い。配慮なく落とされたのでぶっちゃけると打ちどころが悪いのだ。能力ゆえ痛くないのだろう末弟は眠りこけていて、追い打ちでその頬を伸ばして起こす。
 この数年、指南役として居続ける青年は成人を迎え、すでに本職が多忙だと聞く。にもかかわらず、長期の仕事以外では必ず様子を見に来る。
 彼の所属とその名前がどれほど力を持つのかをもっとはやく知りたかった気もするが、たぶん初対面のときに聞き流したのだ。サイファーポールという組織がどういったものなのかなんて、耳にタコができるほど聞かされたはずなのに。
 なぜ負けたのかがわからず何度も挑んで負けて、負けて、最終的にはこってり絞られる。というか作戦に関してダメ出しをされる。
 芸がない。直線的。敵の予想が浅い。なにより鈍くて腹が立つ。薔薇の花のように幾重にも棘がある言葉を浴びせられて、正直心が折れかける。初めて負けたという経験から得たものは多かったがその分ダメージも大きい気がする。

「次で四桁いくんじゃない」
「大将それを言わんでくださいぃぃ」

 突っ伏したまま間抜けに等しい声を上げる。すごく気にしてることを無遠慮にづかづかといわれる身にもなってほしいのに。これでも悔しくてたまらないんだ。

「なァ、いつになったら見せてくれんの」
「勝ってから言え、そんなこと」

 彼が能力持ちで、その系統が動物系。つまり彼は五感が常人の倍以上に敏感で鋭い。できるだけ音や匂いを意識して消さないとすぐに居場所がばれる。だけどこれまでの記憶ではその姿をまだ見たことがない。
 一度でも自分をまかすか、さっさと功績をあげろという口癖が染みついて、これ以上の答えが返ってこない。ましてや地面に突っ伏したまま見上げたかつての青年が一瞥をくれたことが希少なことだった。

「じゃあご褒美でもつける?」
「やめてください勝手に」

 直属の上司の言葉を嘘ととらえるにはまだ幼い。でもやる気をだすには一番手っ取り早い方法なのは確かだ。俺肉がいい。なんてのたまう末弟や海に出たいというもう一人の長兄とは同意見だけど、もう一つほしいものがある。

「なんだ」
「──いや、」

 なんでも。合わさる視線をはずし、聞こえない声でつぶやく。彼がほしい、なんて。いったい何時になったら言えるだろう。




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