導きの先(短編)

□主従
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夜になりさくらの自室まで着いていく。
どうやら暗闇が大の苦手だと言う。
暗闇を見ただけで心が苦しくなり、恐怖が体を貫くらしい。
さくらを嫌な思いから護ってやりたいが、これだけはどうしようもない。
廊下の電灯を全て付けさくらが眠ってから電灯を消して行きながら自分の持ち部屋まで行くというのが日課だ。

今日もさくらの布団をきちんとかけてやる。
「月、おやすみ。」
「あぁ。おやすみ…」
毎日挨拶を欠かさない。もしかしたら言わなければ眠りにくいかもしれん。
暫く部屋にある椅子に座り、眠るさくらを見つめる。
よく悪夢を見た時は、泣きながら私の部屋まで来ていたものだ。クロウの部屋よりは近く、起こすのも迷惑だろうといつも私のところに来た。
ケルベロスにはバカにされるのが目に見えたらしく、絶対に泣きつきに行かなかったらしい。
その時だけは真っ暗な廊下をひたすら走っていたようだ。開いた扉を閉める時はいつも付けている電灯がついていないのだ。
安らぎを求めて一直線に私の部屋に走っていたさくらはどれだけ不安だっただろうか。
クロウから聞いた話だとさくらは拾い子だと聞く。1人という事に恐れているのだろう。
だから私もなるべく不安を取り除けるように傍にいる。泣いているさくらを見るのはどうも苦手だ。
これが護りたいという思いに繋がるのだろうが………
「ん…………ぅぅん…………」
数回寝転がってからこちらを見た。
「どうした…眠れないのか。」
「うぅ…ん………手…繋いで……」
眠たさにより声が掠れている。
「案ずるな…私はここにいる。」
嬉しそうに微笑んだまま再び眠り始めた。

この寝顔をずっと見守れたらどれだけ良いだろう……。
さくらが嫌がろうと年老うまでそのあどけない寝顔を側で見守る事が出来たのなら………
さくらの傍にいると、とめどなく想いが溢れる。今までこんな事は無かった……時の流れというものか。
今夜はこのままここで休むのも良いかもしれん。体が冷えるから、とさくらには叱られるだろうが、私には関係ないのだ。風邪などひかないのだから……

「………………………」
気がついたら朝だった。
握っていた筈の手はない。
「おはよう、月。」
後ろを振り向くと寝間から着替え終わった所のさくらがいた。
優しく微笑むさくらを見ると安心する。これが安らぎというものか…
「何を作ろうかな〜」
今週はさくらが当番か…
今日は目覚めがいい。自分でも珍しいと思う。
「月の髪も結い直すね。」
「…せずとも良いのだが……」
触れられるのは心地が良い。さくらに任せるとしよう…
「出来た!さっ、用意するの手伝ってくれる?」
「もちろんだ。」
鼻歌を交えながら廊下を上機嫌に歩くさくら。それに着いていく。髪が跳ねる度に香る花の匂いが丁度よく香る。触れたい、とふと思うがグッと抑える。
台所に着くと冷蔵庫を上から順に見ていく。
「んー……スクランブルエッグ…いや、ご飯残ってるし、オムライスでも作ろうかな。」
手際よく卵を出し、一個一個丁寧に割っていく。そんな後ろ姿にそっと腕を回す。
「わっ!ど、どうしたの…月?」
そのままいい匂いのする髪に鼻を埋める。そして深く吸う。肺いっぱいに花の香りが溜まる。
「いやぁぁ…ちょっとー………」
困惑した声が下から聞こえたので、体から離れた。
「あ、頭の匂いなんて嗅いでもいい匂いしないんだからやめてほしいよ……」
どうやら照れているようだ。
「早く用意をしないとケルベロスがうるさいぞ。」
話をわざと流して作業に戻らせる。
「だ、誰のせいで手が止まったと……」
ブツブツ言いながらも米を炒め、卵に包んでいく。
皿を渡し、受け取ったものを並べていく。
「あとは真ん中にちょっとしたサラダを置くだけかな。」
さくらがレタスを剥いている内にガラスで出来た器を取り出す。背が届かないようなので、結局は出さねばならない。
「出来たっ!手伝ってくれてありがとう、月。」
その気持ちを受け取り、返しに手に口付けする。
するとさくらの顔が徐々に赤くなった。
「や、やだなぁ…いきなり……ケルベロス起こしてきてね!」
照れ隠しに仕事を割り当てた。
私の想いは届いたのだろうか。
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