運命の輪舞曲

□1話
1ページ/1ページ


『本屋行きたいね』

「そうだな」

『……あの……えっと』

「ん?」

『好きです!付き合って下さい!』

「いいぞ」


あの手この手を使って、ようやくブチャラティさんとお付き合いさせていただくことになった。

その日は本屋さんに行ったり、その帰り道にジェラート屋に寄って食べたりした。一緒に歩けるってことだけでドキドキしっぱなしで、貧血でも起こしてるのかっていうくらい、いつもの見慣れた街がチカチカとして、輝いて。

一緒に歩く、たかがこんなことでこんなにも緊張するなんて、自分が子供っぽく思えた。

本当に【彼女】になっていいのか?これといって自慢できることもない、何も持ってない、美人でも性格美人でもない私が、こんなスゴイ人の隣に並んでいいのか?もっと他にやるべきことがあるんじゃないか。グルグル悩みだすと止まらない思考に無邪気な声が響いてきた。

「おっ、うまいな」と、いつもピシッとしているブチャラティ様の、ジェラートを食べてる姿は年相応に見えて、ひどく安心した。


『もう少し肩の力が抜けるといいね!』


生意気にそう言って、パクリとジェラートを食べると、冷たいものが身体の熱を少し冷ましてくれた。それがスゥとして、とても気持ち良くて。あのときの幸せいっぱいの甘いジェラートの味は今でも忘れない。

それからは、【彼女】っていう単語とポジションだけで幸せだったし、それだけで満足できていた。ブチャラティ様の姿を近くで眺めてるだけで幸せだった。

しかし、それも今は昔の話。

お付き合いさせていただくことになった日から半年が経とうとしているが、何も進展がない。

セックスはおろか、キスやハグ、手すら繋いだことも、デートもしたことがない。付き合ってるはずなのに、【彼女】なはずなのに何もない。

ちょっとプラトニック過ぎない?って危機的状況に気づいた時にはもう遅かった。今さらどうやって進展させていくのか、全く検討もつかないのだ。

このままじゃ絶対にダメ。今後もこのままプラトニック道を突き進まれたら絶対にヤバイ。このままプラトニックとか……ああああ!スーツ脱がしてええ!!全裸を拝みてええ!!ってな感じで犯してしまう。そんなことしたら間違いなく嫌われる。それだけは死んでもイヤってことで、ブチャラティさんに嫌われないためにも、二人の仲をゆっくり進展させていくことに決めた。

最終目標は【セックス】だけど、まず最初は【手を繋ぐ】ことから始めてみようと思う。


『相談その1。ブチャラティさんと手を繋ぎたいんだが』


いつものレストランのVIPルームのテーブル席に腰掛けて、真剣な口調で皆に悩みを相談した。


「バッて繋いだらいいじゃん」


雑誌を読みながら、どうでもよさそうに返事をしたナランチャくん。


「手と手が当たった拍子にさりげなく繋げばいいんじゃないんですか」


小難しそうな本を読みながら、どうでもよさそうに返事をしたフーゴさん。


「………」


ヘッドフォンをして、メンドクセーってな空気をしているアバッキオさん。

私の真剣な悩みが伝わらなかったみたいなので、重々しいため息を吐いたあと、説明を加えた。


『バッて勢い任せで繋げるんならもうヤってるし、さりげなく繋ぐ勇気がないから困ってるの。そもそも、手と手が当たるっていうことは、ブチャラティさんの皮膚と私の皮膚が触れ合うわけで、皮膚からブチャラティさんの温もりがくると思うと、何かもう出てきそう。あ……ほら!想像だけで手汗がいっぱい出てきた!この汁がブチャラティさんの皮膚に……ブチャラティさんの汁的なものを全身に塗りたくられたい……ブチャ汁……うへへ』


ちょっと興奮してしまったけど、真剣な思いは伝わったみたいだ。ナランチャくんとフーゴさんは、すっげー苦笑いで、私の悩みを応援してくれた。

「きっとうまくいくよ」

「熱い想いは伝わります」

そうじゃなくて、手を繋ぐにはどうしたらいいの?っていうアドバイスが欲しいんだけど。もう少し掘り下げようと口を開きかけたら、ずっと黙ってた新入りのミスタが口を開いた。


「映画は?」

『映画?』

「例えばよぉ、デートで映画館とか行ってよぉ、隣に座ってるブチャラティの手をさりげなく〜的な?」

『それはとてもいい案だと思うけど、……ムリムリ!ひじ掛けの境界線を越えて自分から繋ぎに行くとか意味分かんない!ハードル高すぎ!』

「オレが練習相手になってやろっか?」

『練習相手?』

「どんな感じで手を繋げばいいのか、いいシミュレーションになるんじゃね?」

『それナイス!最高にいい案だわ!さっすがミスタ、わかってるぅ〜〜』


ってことで、映画館デートで手を繋ぐ練習をやることになった。映画館のシートの標準サイズをネットて調べ、その通りにイスを並べた。若干空いた隙間にひじ掛けが欲しいんだけど、こればかりはしょうがないので、ミスタとイスに座った。


「……」

『……』


特にいつもと変わらない距離感がそこにあった。


「……と、とりあえずよぉ、オレのひじ掛け越えて手を伸ばしてみろよ」

『うん』


スッと伸ばしてミスタの手をガッと掴んでみた。


「……」

『……』


特に思うこともなかった。でも強いていうなら、想像よりも遠いというか、けっこう手を伸ばさなきゃ繋げないなってことぐらいだろうか。


「……」

『……』


私たち、一体何してるんだろ。


「何か違うよな、これ」

『絶対的に何かが足りてないよね』

「緊張感じゃね?」

『ミスタ相手に緊張感とか出ないよ』

「いや、出せよ。練習になんねーだろ」

『緊張感って無理矢理出せるもんなの?』

「思い込みとかそんなん」

『妄執っていうんだよ、そういうの』

「妄執いうな、妄想と言え」


これじゃあシミュレーションにもならないから別の案を考えてみようと、手を繋ぐのを止めようとしたら、フーゴさんが何故かスタンドを出した。


「手伝いますよ」


フーゴさんがそう言うと、フーゴさんのスタンドであるパープル・ヘイズがイスの間に来て「あ"あ"あ"」と唸りながらブリッジをした。どうやらパープル・ヘイズの体をひじ掛け代わりにしろってことらしい。

どんな拷問だ。

っていうか殺したいの?真剣な優しさ?全力でボケてきてんの?天然?どっちにしろ有り難迷惑。絶対にツッコミ役に回ってしてやんねえ!って言ったら、キレてウィルスを撒き散らすかもしれないから、有り難くひじ掛け代わりに使おうと思う。

きっもミスタも同じ気持ちだ。繋いでる手から汗が出てるし、心なしか小刻みに震えているし、涙目だし。まっ、それも私も同じなんだけど。怖いよね、ヤバイよね、今のこの状況。よーーく分かるよ。


「緊張感がぐんと増したな」

『そうだね。誰かと手を繋ぐってのは命懸けなんだって、初めて知ったよ』

「ドキドキして心臓ヤバイな」

『いつ死んでもおかしくないって思うと胃がキュンキュンしてヤバイね』

「死にゃばもろとも〜〜にゃんちゃって」


ミスタのネコ語に何か思うことがあったのか、パープル・ヘイズが唸った。


「あ"あ"あ"」

「ごめんなさいすみません調子に乗りました2度と言いません」


今にも泣きそうな顔で全力で謝るミスタに同情した。いやでもマジでこの状況ヤバイ誰か助けて!と視線を送っても、ナランチャ君もフーゴ君もアバッキオさんも知らん顔。

ミスタと二人で見つめ合って、アイコンタクトで今後の展開をどうするのか話し合おうとしたら、ドサッと何かが落ちる音がした。そこを見ると、あり得ないものをみるような顔したブチャラティ様が突っ立っていた。


「な、何をやっているんだ、お前たちは」


これで助かったと、安堵のため息を吐いたら、案の定ブチャラティ様が駆け寄ってくれて。でも何故かパープル・ヘイズに「ブリッジじゃなくて、こういう時は四つん這いだろう」とポーズ変更の指示をした。

ちょっとよく意味が分かんないけど、フーゴさんは「すみません」と謝って、パープル・ヘイズの体勢をブリッジから四つん這いに変えた。

いやいやこういう時は助けてよ。

ミスタと心が一つになったけど、ブチャラティ様には通じず。我関せずな空気を出して、私の隣の席に腰掛けて、今日の報告を始めた。


「パン屋のジョージが奥さんに逃げられたらしい。それで店の窓を割って暴れたと連絡が入った。俺たちには関係のない話だが一応な」

「えーー!?あそこの夫婦ってオシドリ夫婦で有名だったじゃん」

「旦那が浮気したらしいぞ。他の女と手を繋いで歩いてるところを奥さんが目撃したってさ」


何か今のパン屋のジョージの話で、心に突き刺さるものがあったから、ずっと繋いでたミスタの手をバッと離した。


「……手を繋いで」

「……浮気」


ナランチャ君とフーゴさんの視線があまりにも痛々しいので顔を俯かせた。でもいつも「あ"あ"」しか言わないパープル・ヘイズが無言で、しかもクソ真面目な顔でこっちを見てたから、逃げるように顔を上げてブチャラティ様の方へ。笑顔のブチャラティ様と目があった。私も同じく笑顔になった。作り笑いだけど。


「何で新入りのミスタと仲良さそうに手を繋いでいたんだ?」

『手を繋ぎたいって相談したらミスタが』


まだ説明してる途中なのに、いきなりミスタが「てめー平気で裏切りやがった!この裏切り者!」って叫んだ。事実を言ってるだけなのに怒るなんて、しかも女の子に対して。これだから新入りはやれやれなのよ。

でもそんなつもり全くなかったけど、確かにそれは好都合だから、全ての責任はミスタってことにしよう。

ごめんね、ミスタ。私は仲間よりも愛の方が大事なの。たった今、愛に生きるって決めたの。あとで1杯奢るから許してね。


『そうなの、ミスタが』


また説明しようとしたけど、今度はブチャラティ様が、「手?」と言って話を遮ってきた。


「手を繋ぎたかったのか?」

『うん』

「……誰と?」


『ブチャラティ様と』って素直に言えるんなら一番良いんだけど、そこをバカ正直に言えないから【手を繋ぐ】っていう、小さいことで悩んでるワケで。

何て言って誤魔化そうかと俯いて考えていると、ずっと黙ってたアバッキオさんが助け船を出してくれた。


「チームメンバーと仲良くしたかったんじゃねーの。ミスタは入ったばっかだしな」


アバッキオさんってばイイ男!空気も読めるし、フォロー上手い!とっても素敵!何で彼女がいないか不思議!ブチャラティ様に出会ってなかったら……いや、それでも惚れないけど。ごめんね、長髪苦手なの。

でもアバッキオさんの上手いフォローのおかげで、『そうなの!新入りと仲良くしようと思ったの!』って、何とか繋げることが出来た。


「それなら別にいいんだが」


これ以上の詮索はしないだろうけど、何かイマイチ腑に落ちないって感じのブチャラティ様に、ブチャラティ様にしか聞こえない音量で、『ヤキモチ〜?』っておふざけ全快で聞いてみた。


「……」


ブチャラティ様は何を言うわけでもなかったけど、テーブルの下でみんなに見られないように手を掴まれたというか、手を繋がれた。まさか手を繋ぐなんて思ってもなかった私は顔を真っ赤にして俯かせた。

やっぱり恥ずかしいというか、緊張で手に汗が!って気にすると、よけい汗を感じるし、っていうか何なの!何でここで手を繋ぐの!ああああ!ブチャラティ様の温もりがーー!!

ってな具合でパニックになっても、手を繋いでくれたことは嬉しくて、やっと繋げた手をまだ離したくなくて、ほんの少し力を込めた。


「そういえば、明日はポルポの所へ」


仕事の話を進めながらもギュッとしてくれたことが嬉しくて、口をニヤニヤさせながら繋いである手をじっと見つめていた。

そんなデレデレ全快な状況を、パープル・ヘイズが親指を立てて見ていたなんて気づかずに。
次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ