運命の輪舞曲
□2話
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ブチャラティ様と手を繋いだってだけで幸せいっぱいだったんだけど、残念ながらそこが最終目標ではない。
私の最終目標は【セックス】だ。
手を繋ぐことに満足を覚えるな!下半身的なモノを繋いでこそのゴールなのだぞ!って自分自身に言い聞かせて、次のステップへ移ることにした。
次の目標は【腕を組む】こと。
これは相談しなくても分かる。デートに誘ってノリで腕を組めば問題ナシ!手を繋いだ仲なんだもの、そのくらい余裕!ただ問題があるとすれば、デートの誘い方なんだけども……天才的な才能を持ってる私には朝メシ前だ。
前回の、『新入りと仲良くしようと思ったの!』っていう流れを利用して、『ミスタの歓迎会ってことで、映画でも観に行きません!?』という言い訳を使って上手いこと誘うことが出来た。みんなにも一応聞いたけど空気を読んでくれて、当日ドタキャンしてくれた。これで邪魔者がいない映画デートの出来上がり。
『きゃー、デートだデート!ラストまでイッちゃったらどうしよう!?ああん、妄想だけでイケちゃう!』
期待に高鳴る胸と止まらぬ妄想をそのままに、ルンルンドキドキ気分で待ち合わせ場所へ向かった。
『ブチャラティ様のフェロモンにあてられて途中で失神しちゃった……り……』
待ち合わせ場所に居てはならない人物が突っ立っていたので、すぐにダッシュで近寄った。
『何であんたがここにいるのよ』
もはやゴミを見る目でそう言うと、居てはならない人物は、「は?」とすっとんきょんな声を出した。
どうやらここに居ちゃダメってことを理解してないようなので、とても分かりやすく教えてあげた。
『当日ドタキャンして二人きりのデートに仕向けるのがブチャラティメンバーの勤めでしょう!?空気を読みなさいよ!』
「はあ!?オレの親睦会って言って誘ってきたのはお前だろ!?主役のオレが来て何が悪いんだよ!」
『正論を突きつけないで!恋愛は正論じゃなくてちょっと斜め上の思考で物事を考えるの!それが出来ないからあんたいつまで経っても童貞なのよ!』
「なんだそれ。ワガママ女の理屈じゃねーかよ。つーかオレは童貞じゃねーし。もうとっくに筆下ろしてっし」
『そういう見栄はいいから早く帰って。ブチャラティ様来ちゃうじゃない』
「イヤだね、オレも映画観てーし」
『一人で観たら?邪魔しないわよ』
待ち合わせまでの残りの時間を確認するために腕時計を見た。待ち合わせ時間まで残り5分。あと5分の間に居てはならない人物を追い返す必要がある。でもブチャラティ様ってマメだから約束の時間前に来そうだ。
『んもう!本当に早く帰って!』
時間の無さに焦りを覚えた私は、居てはならない人物の背中をグイグイ押してこの場から追い出そうとしたけど、男の圧倒的パワーに敵うはずもなく。ビクともしないミスタにイライラ。でもミスタは人のイライラなんてそっちのけで、「オレは二人で観てーの」と言いやがった。
ここまでしてブチャラティ様と映画を観たいとか……何かちょっと思うところがあるので、押すのをやめて考えを整理することにした。
ミスタは何があってもブチャラティ様と映画が観たいと申した。テコでも動かぬほどの熱い想いを背中から感じたけど、……え?つまり……そういうこと?
別に男同士の関係に偏見を持ってるワケじゃないし、そりゃあのブチャラティ様ですもの、男女共に魅了して同然!でもいきなり暴露されるとリアクションに困る。いやまぁ……ね?恋愛は自由だから私がとやかく言う権利もないんだけど。
でもブチャラティ様と私は付き合ってるってワケで。ミスタの片想いであり、悲しい恋が決定してることは間違いない。……ブチャラティ様が心変わりをしなければ、の話だけど。
……しないよね?あの人ノーマルだよね?一年間も付き合ってエッチなことしない男性だから……あれ?なにこの微妙な感じ。もしかしてのもしかして〜みたいなオチ?いやいやまさかそれはナイナイ!……多分。
新しく出てきた不安材料は、ただえさえプラトニック過ぎる関係を不安に思ってた私に、大きく響いた。考えすぎだと自覚しても、一旦考えると辻褄が合いそうで。むしろ合いそうな部分を探してる自分に気づいて、首を横にブンブンと振って、イヤな思考を吹っ飛ばした。
「もう来てたのか」
変なことを考えてる間にそんな時間になっていたらしく、今日も麗しいブチャラティ様が声を掛けてきた。
『おはようございます!』
「ああ、おはよう。……来てるのはミスタだけか?他のみんなは?」
『みんな用事あるんだって。それと、ミスタも用事あるから帰るみたい』
「誰も言ってねー『あ!あそこ!』けッ!?」
「なんだ?」
古典的な技だけど空を指差してブチャラティ様の気を引いた隙を狙って、余計なことを言いそうなミスタの足をガンッと踏んづけた。そして言葉無くても通じるように、ありったけの念を込めてグリグリと踏みつけてやった。
「クソッ、この性悪女!」と小声で呟いたミスタはきっと空気を読んで帰ってくれると思う。だから足を放して、ブチャラティ様に『ミスタは帰るんだって』と教えてあげた。
「あー、そのことなんだが」
すごくばつの悪い表情にイヤな予感を抱いたけど、とりあえず笑顔を張り付けて、ブチャラティ様の続きの言葉を待った。
「緊急の呼び出しがあった。息子が暴れて手に負えないから助けてくれと、パン屋のステラおばあさんから連絡が入ってだな。申し訳ないんだが……」
本当にイヤな予感的中!何でこんな日に限って緊急の呼び出し&仕事が入るの!?タイミング悪すぎ!
今すぐにでも自分の運のなさについて喚きたいところだけど、こればっかりはしょうがないから、笑顔を張り付けたまま、『じゃあミスタと仕事の方を片付けてくるね』と。
一瞬、ブチャラティ様の表情が「は?」ってなった気もしなくないけど、今はこの場から離れたくて、ミスタの腕を掴んでこの場を立ち去ろうとした。でも、ブチャラティ様にグイッと腕を掴まれて言われた。
「それ終わったらいつものレストランで待ってろ。今日は一緒にディナーでも」
ただそれだけなのに、一気にテンション上がってしまって、さっきのモヤモヤは宇宙の彼方までブッ飛んだ。
『……うん、……うん!……ぜひ!』
だからさっきと違う張り付けた笑顔じゃなくて、満面の笑みで、『楽しみに待ってるね!行ってらっしゃい!と、行ってきます!』って言えることが出来た。
*****
ステラおばあさんの息子さんの件は、案外早く片付いた。暴れていた理由は、最近彼女に振られたと、それでおばあさんに八つ当りしたと。「世の中、理不尽だ!何でオレがこんな目に!」と、ギャアギャア泣き叫ぶ息子さんに猛烈に腹立って、右ストレートをぶちかました。ミスタに羽交締めされた。
『この世が理不尽だってことくらい、思春期に気づけよ!大人になった今ごろ気づいてんじゃねーよ!つーか振られたからっておばあさんに八つ当たりとか、男として小さすぎだろ!それが振られた原因って分かんないの!?あんた本当に男なの!?キ○タマ付いてんの!?大体ね、あんたがクソ野郎だから今日の映画デートがキャンセルになったの!責任とって死になさいよ!殺してあげるわよ!ええ、そうよ、これはただの八つ当りよ!有り難く受けなさい!』
ミスタに羽交締めにされてるから拳は出せないので、いっそのこと足でクソ野郎を踏みつけてやろうとしたけど、グイッと身体を持ち上げられてグリンと1周。
「どーどー、ちょっと落ち着けよ」
『きゃは!』
今のグリンと1周が楽しかったからちょっとだけ落ち着いた。まだまだ1周……出来れば2周してくれてもいいんだけど、ミスタは私の身体を下ろして、そんで私を背に隠して銃を取り出した。
「こんなクズみてーな男のために、お前の手が傷つくとか、マジで意味分かんねーから。だからここはオレが殺ってやる。……ああ、そうだぜ。オレだって今日の映画を楽しみにしてたっつーのによぉ、テメーのせいでよぉ、マジでサイコーな日になってんだけどよぉ、でもこいつが望むんならオレは……殺る」
『はわあ』
とんでもねえ言い掛かりで殺ろうとしてるミスタを止めるべく、後ろからミスタの腰に腕を回した。そんで持ち上げてグリンと回そうとしたけど、大の男の身体を持ち上げられず。代わりにミスタの履いてるパンツがグイィィッと持ち上がって、ミスタが膝から崩れ落ちた。つまりどういうことかというと、アレがアレにグイィィッと食い込んだってわけだ。
『ご、ごめん』
「ふざけんな!ごめんで済まされるわけねーだろ!くそっ、こんなん理不尽だろ!チクショウ!」
涙目で叫ぶミスタがあまりにも不憫で、でも1つだけ分かったことがある。「地味に痛てぇ、こう、ガツン!じゃない、地味な痛さがジワジワくる」と、ブツブツ言ってるミスタの腰を擦りながら、ポカンとしてるステラおばあさんの息子に向き合った。
『世の中は、理不尽よ、やっぱり。どう足掻いても理不尽なことだってあるし、どうすることも出来ないことだってある。だからね、私、ミスタを見て思ったの。理不尽でなくなるためには、理不尽を与える側に回ればいいんじゃない?って。簡単よ、ほら!ここの急所をバチンって叩くだけで、理不尽な人と、そうじゃない人の完成!いいね、理不尽を与えるって楽しいね!』
ピシリと空気の凍る音が聞こえた。息子さんは、「反面教師で頑張ります」と、心を入れ換えることを表明。こうして、ミスタの大切なモノと引き換えに、ステラおばあさん事件が幕を閉じた。
『デートだデート!』
「……」
『一緒にディナー……そのまま……あああああーる18禁ワールド突入!ってなったりしちゃったり〜』
「……」
『ご飯じゃなくて私を食べて!なんちゃって!』
デートの待ち合わせ場所であるレストランまでの道をノリノリで歩きながら、テンション任せにそう言うと、ヨボヨボ歩きのミスタから呆れたって言わんばかりのため息が聞こえた。
「つーかよぉ、半年も手出してないって絶対にありえねーし。付き合ってるってお前が勘違いしてるだけじゃねーの?」
『あらイヤだわ、さっきの理不尽の腹いせかしら』
「いや、真面目な話。お前って本当にブチャラティの【彼女】?なんつーか、そーいう空気っつーのを、アイツから感じたことねーんだけど」
『ちゃんと【彼女】だよ!ちゃんと告白して返事もらったし!ほら、この前だって手を繋いでくれたし!』
「【付き合う】っつー意味を、お互い間違えてんじゃねーの。お前は【恋人】、向こうは【場所】だったりよぉ。告白する前とか、そーいう話してなかった?」
『……本屋さん?』
「うーん、しちゃってるわけね〜。まっ、そのうち分かることだろうけど、気にすんなよ」
ミスタは、不安を煽るだけ煽って、さっきのお返しかってくらいの力で、バチンって背中を叩いてきた。今さら過ぎる恐ろしい話のせいで冷えた身体に、その痛みはズグンと芯まで響いて。
今まで不安に思わなかったわけじゃない。もしかしたらって思うこともあった。だから気にしないように、考えないように、前向きにいるってのに。
一気に押し寄せてきた不安のせいでクラリと目眩がしそうだった。でもあのとき掴まれた腕の、ブチャラティ様の手の感覚がよみがえってきた。
自分の手をそこに重ねて、あの日繋いだ手の温もりを信じたいと、そう思った。