運命の輪舞曲
□4話
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ズキズキと脳みその芯まで響く痛みで目が覚めた。パチリと目を開けると、日の光が目に入って、すっごく眩しくて。でもその眩しさに慣れた目に飛び込んできたのは、ミスタの顔だった。
『ふほおお!?ああああ!?』
焦って飛び起きたけど、下着とシャツ1枚の自分の姿が目に飛び込んできて、もう一度シーツの中に潜り込んだ。
なんだってこんな姿で!何でミスタが隣にいるの!?つーか、ここどこ!?シーツの匂いから察するに、全く知らない家で間違いないんだけど。……ちょっと、なにこれどういうこと。
確か昨日はレストランでそのまま寝ちゃって……あ、そっか。起こしても起きなかったから、仕方なく家に連れて行ってくれたのね。ミスタなりの優しさなのね。そうだよね、飲み過ぎて爆睡した女を放置するような冷たい男じゃないものね。
でも何で下着とシャツ1枚なの?寝てる私から剥ぎ取ったの?そうね、服を着たままだと寝苦しいものね。冷たい男じゃないけど変態男だってことね。
まっ、寝込みを襲うようなことはしないだろうし、今回は介抱してくれた優しさに免じて、1発で許してやろう。
『ミースタ!』
グースカ寝てるミスタの腹の上に、それこそどこぞのトトロの腹の上に乗っかるあの子のように、思い切り飛び乗った。
「ぐふぅ」
『おはよう!歯ブラシとタオルは?昨日そのまま寝ちゃったから口の中が気持ち悪いの。早く磨きたいし、シャワーも浴びたいの』
「あ?あー……」
『でも、着替えがないね。一旦家に寄って着替えて行くから、それまで……ちょっと聞いてんの?歯ブラシとタオル出せって言ってんだけど』
「……んー……」
まだ夢から覚めたばかりでポヤポヤしているらしく、ポヤーってしてる。こっちは早く口の中をサッパリさせたいってのに!
『早く起きて!』
ミスタの腹の上で腰を使って前後に揺さぶってやったら、ガシッと腰を掴まれた。起きた!って喜んだのも束の間、腰を掴んでた手が横腹をくすぐってきた。
「なーにやってんだ」
『あはは!くすぐったい!』
「この天然性悪元気っ子め、もっといじめてやる」
『あは!あはは!』
くすぐったのが我慢出来なくて、身を捩りながらポスンと後ろに倒れ込んで、ミスタの手から逃げてみたけど、すかさずミスタが起き上がってきて、またも横腹をこちょこちょとくすぐってきた。
「歯ブラシとタオルを出せ、じゃなくて、出して下さいだろーが」
『やーだ!新入りにお願いとかしちゃいけないんだよ』
「ふーん、新入りはパシりってこと?」
『そう!先輩としての威厳に関わるから!』
「それなら大丈夫だ。お前に威厳なんてものを感じたこともねーし、感じることもねーから、安心してお願いしろ」
『やーー!!』
「ほほーう、んならお願いするまでやめねーからな」
『んじゃ、歯ブラシとタオル、……ちょーだい?』
わざとらしく甘えた声でそう言うと、ミスタの手が止まった。『やった!勝った!』と言いかけたけど、今の惨状にピシリと身体も口も固まった。
下着一枚で大きく開いた足の間にミスタの身体、身を捩り過ぎて上へと上がりすぎたシャツ、お腹に触れてるミスタのゴツゴツした手。これはマズイ、離れよう!と動く前に、ミスタの手がスゥとお腹の皮膚を撫でた。
『んぅ』
速攻で自分の口を押さえた。だって今の声おかしかった。『んぅ』って、そんなの聞いたことない!なんだ『んぅ』って!イヤだ、恥ずかしい!
「……フユ……」
ミスタの声にピクンと身体が震えた。怖くて目が合わせられない。またスゥと撫でられた感触に、ミスタは男の人なんだって今さら再認識したところで、一体この場をどうすりゃいいんだって話だ。
またスゥと撫でられた感触に、変な声を出さないようにするだけで精一杯。足を閉じようとしても、ミスタの身体を挟む形になってしまう。じゃあ、このまま襲われてしまうのかって考えたけど、それは絶対にイヤ!って答えが見つかった。
『ミスタ、……だめ』
絞り出して出てきた声は、自分でいうのもなんだけど、か細くて。いつもと全然違う自分の声に戸惑ってしまった。
「ゴクリ」と、喉が鳴った。あまりにも大きいから思わずミスタを見てしまった。欲情を含んだ目で、息を荒くしてるミスタの姿がそこにあった。
男の人の、興奮してる姿。ひどく野性的だけど、そういう姿は嫌いじゃないかもしれない。それほど興奮してくれてるって思ったら、こっちまで身体が熱くなる。もっと求めてくれるまで焦らして焦らして、理性がプツンと切れる瞬間を見てみたい。
ああ、そっか、コレが【セックス】する前の空気なんだ。ブチャラティ様飛び越えて違う人と空気堪能とか本当に笑える。あーもう本当に、やってらんない。今頃、こうなって、やっと二人の関係性が分かるなんて、バカすぎる。
『好きになったことは、後悔してないの』
ポツリと呟かれた私の声で、ミスタの理性が戻ったのが分かった。
『……ただ、……こんなふうに、……何でもない朝をって思ってたけど、独り善がりだったね』
「……」
『そっか、……多分、……ううん、本当に、……私の勘違いだったんだね』
「……お前……」
『……バカだなぁ、本当に、笑っちゃう』
涙なんてこれっぽっちも出てこなくて、代わりに乾いた笑いが出る一方で。何も出ないよりマシかもしれないと、自分に言い聞かせた。
どう考えても悪いのは私だ。恋人同士が言い合うように、【好き】って言えば変わる関係を変えるのが怖くて、今になって浮き彫りになった。それだけ。あー、何て寒いんだ。
「……あ、ちょっと、こら!」
ミスタの空気の読めない声が聞こえて思わずキッと睨んだけど、セックス・ピストルズが何かを持って目の前に浮いてた。
「コレ食ッテ元気ダセ!」
「疲レタ時ハ甘イ物ナンダゼ!」
No.1とNo.2はチョコレートを。
「ンデモッテ、時々ショッパイ物ダロ」
「最強コンボッツーンダゼ」
No.3とNo.6はアーモンドを。
「雰囲気モ大事ダナ!」
「コレデ元気ニナッテクレヨ」
No.7とNo.5は一輪の花を。
可愛いスタンドたちの優しい心遣いに、ホロリと涙が垂れた。「アーー!!泣イチャッタ!」と、大騒ぎするセックス・ピストルズを落ち着かせてあげたいけど、可愛い優しさがジンッときちゃって、うまく泣き止めない。
『ご、ごめん!違うの!嬉し泣きっていうか、……ごめん!本当にごめん!』
何度も袖で涙を拭っても、ダムが崩壊したかのごとく溢れて止まらない。止めたいのに止まらない、そのジレンマで何かもう逆にワーってなってしまって、思わずミスタの身体を蹴ってしまった。
「痛てえ!何しやがる!」
『ミスタが泣かせたからミスタの責任でしょ!?男なんだから女の八つ当たりくらい黙って受け入れなさいよ!』
「おーおー今日も性悪女絶好調だな!」
『性悪で悪かったわね!』
「でも、お前だから許してやる」
ガシガシと蹴っていた足を掴まれた。当たり前のようにチュッとキスをしてるミスタに、顔がボンッと熱くなった。
『な、な、ななな!』
「さーて、飯でも食おうぜ。つってもパンぐれーしか無いけどなぁ。なんかあったかなぁ」
とんでもないことしたのに、まるで何もなかったように、欠伸をしてベッドから下りて行った。残されたのは、「ヒャーーッ」と、顔を手で隠して照れまくってるセックス・ピストルズと、顔を真っ赤にしたままの私。
これはもう、さすがに恋愛苦手な人でも気づく。分かりやすいほどの想いが伝わってきたから。
『どうしたらいいの』
こんな状況、生まれて初めてだ。ちゃんと言葉にされたわけじゃないから何となくの感覚の話だけど。……うん、それで痛い目みたばっかりだから今の感覚は忘れよう。
しかし、ミスタは意外に世話上手で聞き上手面倒見がいいというか、助けてもらってばっかりだ。本当に、ミスタがいてくれて良かった。大切にしよう、この友情。
「プリンあったけど、食うか?」
『食べる食べる!早く寄越せ!』
「ください、だろー?」
『プリン寄越してください!』
「……ま、いっか」
ミスタは、パンや果物、チョコレートやケーキがいっぱい乗ったトレイを持ってベッドに座った。『お行儀悪いし汚しちゃう』って言ったら「別にいーよ」って。
「とことん性悪女のお前に今さら引いたりしねーからよぉ、オレの前じゃ素直でいろよ。そーいう場所も猫被りなお前には必要だろ〜」
そう言って、楽しそうに笑うミスタにポカンとしちゃって、プリンが乗ってたスプーンを落としてしまった。「あああ!洗ったばっかりなんだぞ!」と慌てるミスタが面白くて、これ見よがしにパンのクズを落としてやった。
『あ、ごめんね、わざとじゃないの』
「今のは絶対にわざとだ!!」
『あはは!楽しいね!』
「理不尽が!!?」
『でも引いたりしないんでしょ?それともウソなの?ウソつきなの?』
「揚げ足取りやがった!言ったのオレだけど猛烈に腹立つーー!!その歪んだ性格直せよ、マジで!」
『プリンおいしいィ!』
「話を聞け、この性悪女!!」
とてもいい朝だなって思った。落ち込んで泣いたりもしたけど、外は気持ち良いくらい晴れていて、パンはふんわりで美味しくて、ジャムを乗せたらもっとおいしい。プリンの甘さが頬っぺたに染み渡って、それが心にも届いて。
セックス・ピストルズとギャーギャー騒ぐミスタはちょっとうるさいけど、賑やかでとても楽しい朝。ずっと憧れてた、懐しさを感じるほど、すごくイイ朝がここにある。
それがとても寂しかった。
お腹いっぱいご飯を食べて、コップ一杯のホットミルクを流し込む。身体の中から温かくなるそれは、二度寝の理由には十分過ぎて。
まだ歯を磨いてないのに、シャワーも浴びたいのに、やることいっぱいあるんだけど身体は言うことを聞かず。ズルズルと横になったら、シーツを被せてくれた。
「大丈夫だ、大丈夫」
小さい子供をあやすように、ポンポンと優しく叩くそれが奥の奥まで優しく響いて、大丈夫の言葉に安心を覚えた私は、すぐに夢の中へ旅立った。