運命の輪舞曲

□7話
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お洒落をしてレストランに戻る。約束の時間ギリギリだった。それでもみんな待っていてくれてた。自分の姿を披露するってのも恥ずかしくて、ミスタの背中に隠れてたけど、ズイッとみんなの前に出されてしまった。

アバッキオさんは何も言わず、ただケータイを取り出して撮影を始めた。それはもうパシャパシャと。連写機能を使って、あらゆる角度で撮っていた。

ナランチャ君は、「おお!化けた!これだから女って怖いんだよなぁ」と、余計なことを言いやがった。フーゴさんは、「まぁミスタのコーディネートですからね。こんなもんじゃないですか」と、これまた余計なことを言いやがって!


『何なの!?良いの!?悪いの!?やり過ぎなの!?』


今さら慌てたってどうしようもないのに、不安でいっぱいの私を放置して、みんなレストランから出て行こうとしてた。


『ダ、ダメ!行かないで!』


最後の最後まで撮影してたアバッキオさんの背中に抱きついた。


「離せよ。もうすぐ時間だろ」

『そ、そうだ!今日のお礼に一緒にディナーでもいかが!?』

「誘われたのはお前だろーが」

『……でも』

「安心しろ、オレが認めてやる。お前はイイ女だぜ」

『ほげえ』


初めての誉め言葉にポカーンとしてるうちに、アバッキオさんはレストランを出て行った。そして誰もいなくなった。

いつまでも突っ立ってるわけにもいかないし、いつもの席に座ろうとしたら、支配人さんから声を掛けられた。


「ブチャラティ様からの連絡で、……急用の仕事が入ったと、伝えてくれと……」


私のいつもと違う服装を見て、支配人さんの言いづらそうな空気を感じた。いつもの笑顔を張り付けて、『それは残念。帰ってもしょうがないし、ここで食べても?』って聞いて、改めて席に座った。

仕事なら仕方ない。ブチャラティ様が悪いわけじゃない。急用の仕事ってことは、またポルポが呼び出したんだろう。ブチャラティ様は悪くない。何も悪くない。

ただ今回は、ちょっと気合い入れすぎただけで、失恋したけどやっぱり好きだって思い直した直後なだけで、何か色々タイミング悪かっただけ。最悪な昨日と何も変わってない。だから別に泣くこともない。


『今日もおいしかった!』


こんなときだからお腹いっぱいご飯を食べた。こんなときだからいつもより高いデザート頼んだ。今日はもう帰って寝よう。もう、疲れた。


「外は雨が降って降りますが……」

『大丈夫だよ。家まで近いし』

「ですが……せめてタクシーを」

『大丈夫、大丈夫!あ、今日のことはみんなにナイショにしててね?色々してもらったのに、カッコ悪いし』

「……かしこまりました」


支配人さんに別れを告げて、雨の中を飛び出した。早く家に帰りたい。じゃないと今にも叫びそうで。早く、早く、と焦る足は言うことを聞かず、もつれて転んだ。


『……もう、……ほんと、バカみたい。……何やってんだろ』


急いで家に帰ったって、この傷が塞がるわけじゃない。泥水で汚れたワンピースみたいに、嫌でも広がってシミになるだけ。それが傷になって、また痛みを運んでくるんだ。そう思うと、まだ雨に打たれてた方がマシかもしれない。

手のひらと膝の擦り傷がズキズキ痛んで上手く歩けないし、雨で歩くのも億劫だからって理由を見つけて、人一人通るかどうかの裏路地に入った。雨で濡れた壁に背を預けると、買ったばかりのワンピースがピタリと背中に張り付いた。

せっかくアバッキオさんが買ってくれたのに汚しちゃった。クリーニングで落ちるかな。明日はどうやって言い訳しよう。ブチャラティ様のことだから全力で謝ってきそう。そしてまた「埋め合わせディナー」に誘われるかも。

でも次は大丈夫、もうこんなバカなことしない。絶対に。


『……痛い……』


手のひらを見ると、抉れた傷が生々しくある。ズクンズクンと脈打つ痛みの原因は、擦り傷なのか心なのか。恋愛は疲れるもんだって初めて知った。これなら誰も好きにならない方が楽だとも思う。

でも、それでも……


「やっと見つけた」


どしゃ降りの雨が身体を濡らしてたハズなのに全然かからなくなった。それが何でか知ってるから、擦り傷だらけの手を見ながら言った。


『……さむい……』

「バカ野郎」


雨の音でかき消されそうな小さな声に気づいてくれたミスタは、ここにいる理由も何も聞かないで、ただ力一杯に抱きしめてくれた。



*****



これはもう決定打だろ。2回目のデートもドタキャン、しかも今日、気合いを入れた日に限って。

昨日の今日だから最初は乗り気じゃなかった。でも、キレイになっていくコイツは、心までキレイに整理してった。


『でも好きなんだよね。勘違いしてたのは私だし、スタートラインに立ったと思えば何のその!』


笑顔でそんなこと言うコイツが本当にキレイで健気で可愛くて。コイツの為に一歩引いて良かったと、とびっきりの笑顔が見れたんならオレの失恋は相殺されると、そう思った。

の、結果がコレです。

びしょ濡れになったコイツを背中におぶって家まで連れて帰った。風邪引くといけねーから、風呂の湯を溜めて着替えと一緒に放り込んだ。

ブチャラティに連絡するべきだと思って受話器を取ったけど、アイツのびしょ濡れになった擦り傷だらけの姿を思い出して、やっぱり止めた。

正気でいれる自信なんて絶対にない。代わりにアバッキオに連絡したから、多分明日辺り、アバッキオからお叱りを受けるだろう。まさかアバティー……それはないと思いたいが、やっちまえって思う。


「やることやったし、アイツに温かい飲みもんでも飲ませて冷えた身体を温めねーと」


キッチンに行ってホットミルクかホットココアかどっちにしようと悩んでると、風呂上がりのびっちゃびちゃのままのアイツが『ビールがいい』って言いながらやって来た。濡れっぱなしの髪の毛から垂れた水滴が、遠慮なしに床を濡らしてシミを作っていく。遠慮しろ、そこは!


「おいおい、髪の毛くらい拭けよ」

『めんどくさい。ビールはないの?』

「これ以上の冷えはダメでーす。今日はミルクかココアで我慢してくださーい」

『チッ。ミルク、ハチミツたっぷりで』


舌打ちがなければ可愛いものを!って唸るオレのそばに来て、何でかぴったりと引っ付いてきた。


「どした」

『髪の毛やって』

「オレが?」

『ん』


惚れたら負けっていう言葉、あれはオレのためにある言葉かもしれねえ。さっき舌打ちされたばっかりっつーのに、甘えるコイツが可愛いからついつい許してしまう。


「泣き虫の次は甘えん坊かよ!オレのツボをよく知ってんな!」


差し出されてるタオルを奪い取って、コイツの頭をワシャワシャ拭いた。


『だってミスタって簡単だもん』

「あーあーそりゃどうも!」

『でも、とっても優しい人。いつも助けてくれる。……ありがとう』


またそうやって簡単にオレのツボを押してくるから、押さえてる感情がグワッと飛び出てきそうになっちまう。自制する身にもなってほしい。

ピーーッと、機会音がキッチンに鳴り響いた。レンジからミルクの入ったマグカップを取り出して、熱々のそれにハチミツをたっぷり入れた。


「あとは自分でやれよ」

『やだ』

「世話の焼けるお嬢様め!」


ティースプーンでグルグルかき混ぜた。早く渡せと手を伸ばしてるコイツにマグカップを渡すと、うまそうな顔でチビチビ飲んでる。

まるで子猫だ。捨て猫ならこのまま拾って一生大事に育ててやる。とか真剣に思っちゃってる自分に引きながら、ドライヤーを持ってきて、髪の毛を乾かした。


『本当に世話好きなんだね』

「好きじゃねーよ。オレがしねーと、自分じゃやんねーだろ。つーかマジで風邪引くし」

『うん。ちょっと今日はしんどくて。すごく助かる』

「今度酒でも奢れよ」

『うん、ありがとう』


それから何も喋らなくなったコイツの髪を乾かした。もういいだろうと、ドライヤーを止めても反応なし。俯いてる顔を覗いたら、いつの間にか寝てやがった。

起こさないようにマグカップを取ってシンクに置いて、そっとコイツの身体を抱き上げた。ベッドに寝かせると、隅まで移動して……そこでようやくたぬき寝入りしてるってことが分かった。

どうしていいもんか分からず、かといって今一人にさせるのはダメ。でも一緒に寝るのは……いや、さすがにこんな状況の時に襲うつもりは毛頭アリマセン!


「あー、うーん、分かっちゃいるけどよぉ、けっこう我慢厳しくね?」


ベッドの前で悩み続けてるオレの太ももに、ガンッと一発の蹴りが入った。誰だとは言わん、誰とは。


『とっても寒いの!早く湯タンポになりなさいよ!』


コイツこの野郎マジで性悪女の凶暴女。オレがいつまでも甘いって思ったら大間違いだぞ。一発ガツンって絞めてやろうか。


『聞いてんの!?』


コイツの可愛くない言動のせいで口元がヒクヒク引きつってしまう。生意気な目でオレを睨むフユを見下ろしてると、ジワッと涙が溜まっていってた。本当に寒いんだと、ようやく気づいた。


「はいはい、寝マショー、寝マショー」


電気を消してコイツの隣に寝転がると、オレに背を向けて寝返りを打った。しばらく経つと、鼻を啜る音が聞こえてきた。

真っ暗で静かな部屋に響くそれに、自分で気づかないわけがない。今度は必死に声が出ないように我慢してるらしく、小さな身体が震え始めた。

きっと今、昨日今日の出来事に押し潰されそうなんだろう。

それをスッキリ解決してやることも、傷をキレイにしてやることも出来ないことが悔しい。あの野郎の顔面一発どころか気の済むまで殴ってやりてーけど、コイツの代わりにキレたいけど、それも解決法にはならない。全部自分で解決していくしかねーんだ。

そのなかでオレが出来ることなんてほんの一握りのことだけ。でも、それだけかもしれねーけど、泣いてる好きな女を目の前にして、何も出来なかったってことだけは絶対に嫌で、泣いてるフユを無理矢理腕の中に押し込めた。


「頑張ってるよ、お前は。オレは知ってる。ちゃんと見てる。……だから、無駄だったとか、バカだとか、んなこと思うなよ」

『……うん』

「今日のお前は最高に綺麗だった。それを見逃したブチャラティを鼻で笑ってやれ」

『……うん』

「大丈夫だ、大丈夫。今はちょっと恋愛運がサイテーなだけで、そのうち今よりもっと最高にハッピーになっから」

『……うん』

「今はゆっくり寝ような」

『……あったかい……』


湯タンポ代わりのオレに抱きついてきたコイツを、そっと抱きしめた。

少しでも傷が乾くように、今日よりもう少し笑えるように、早くコイツの想いが届くように。またあのポワーンな空気が戻るように。

我ながら損な性格してんなぁと、自傷気味に笑ったあと、寒くなった身体と心を、寒いと訴えるコイツのぬくもりで温めながら眠りについた。
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