運命の輪舞曲
□9話
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数億倍に返してやるどころか、スタートラインからどんどん後退していく。焦っても仕方ないんだろうが、何せ彼女を奪われるかどうかの勝負所だ。焦らずにはいられない。
でも、恋の女神はオレに味方をしてくれないらしい。2回のドタキャン。しかも2回目はオレから誘っておいて、で、結果がコレ。
初めて彼女を怒らせた。もういいよと言ってくれたが、【仕事】が理由の時点で、そう言うしかないってことぐらいオレにも分かる。彼女の心の収まり所がないってことも、それを子供だからと考える彼女がいるってことも何となく想像つく。
一番最悪なのは、だからオレとは付き合えない、そこに心を収められること。そこに収められたら引っ張り出すのが困難だ。
そしてもっと最悪なのは、引っ張り出そうとしてるうちに、ミスタがその心を丸ごと持っていくこと。二人は極々自然に付き合い始めるだろう。
どれもこれもポルポのせいだ。あいつがオレの恋愛運を下げてるに違いない。
「フユちゃんとディナーの約束?」
「いえ、アイツらも一緒です(嘘)」
「でもフユちゃんいるんだろ?……ふーん、まっ、今日も飲もうか。はい、断りの電話をどうぞ」
とか言いやがって。ここぞとばかりに邪魔するとか何様だ。ああ、幹部様だったなくそ野郎。
今日も朝方まで付き合わされて、ぐわんぐわん頭が痛むってのに!しまいには話し合いの邪魔まで!朝から何だよ!ああ、そうですね、そろそろ末締めですね、オレがやっておきますよって言葉が欲しいだけならあとにしろ!やるさ、仕事だからな!黙って(心の中は別)やるよ!毎月オレがやってんだろうが!今さら連絡してくんな!それともわざとか!
「……痛ッ」
ぐわんぐわんする頭を押えながら個室に戻ると、いつの間にか来たであろうアバッキオが居て、珍しく「話があるから座ってくれ」と。絶対にろくな話じゃない。長丁場になる覚悟を決めて、痛む頭を放置して、いつもの席に座った。
「どうした」
「あんたが仕事で大変なのは知ってる。それはオレも尊敬してるし、休めとも言ってやれない」
「すまない、アバッキオ。出来れば手短に頼む」
「これ、やるよ」
差し出されたのは1枚の写真だった。いつもじゃ絶対に見れない、綺麗に着飾った彼女の写真。ドクンッと心臓が高鳴ったあと、サァッと血の気が引いた。
写真から大体の想像はついた。オレとのディナーの為に、綺麗に着飾った彼女。一体どんな想いでキャンセルの言葉を聞いたのだろう。どんな想いで一人で家に帰ったんだろう。どんな想いでオレからの謝罪の言葉を聞いたんだろう。
彼女が欲しかったのは、きっと謝罪でも何でもなかった。それこそ本当に心の収まり所が欲しかったはず。それなのにオレは、怒る彼女にあんなことしか言えなくて。
終わった、完璧に。
「あーあ」
何かもう自分を取り繕ってる余裕すら無くなって、テーブルに突っ伏した。そんなオレを見てアバッキオは写真撮影を始めた。突っ込む気力も無かった。
「題名は、【折れた心、リーダーの失恋】にしよう」
「好きにしろ」
「あんた本当に折られたのかよ」
「完璧に、パキッと」
「まっ、昨日もミスタがアイツを慰めてやってっからな。捨てネコみてーだったって言ってたぜ」
「バカ言うなよ。誰が捨てネコだ。耳と尻尾が生えてるわけでも…………」
「……で、想像した結果は?」
「死ぬほどかわいい」
「しかしミスタも上手いよな。一番キツい時にそばに居るんだぜ。持ってかれてもおかしくねーよ」
ぐわんぐわんしてる頭にズグンッとした痛みが走った。怒りだ。でも今のオレに何かを言える、そんな資格はない。
「ストーカーだろ、アイツ」
「それだけ見てるってことだろ」
「仕事がなくて暇なだけだ」
「そーともいうな」
「メンバーも増えたからな、金のことを含めてポルポに掛け合ってる。今、ポルポのゴキゲンを損なう訳にもいかない」
「金か愛かみてーになってんな。どっちとるんだよ」
「フユも大事だし、お前らも大事だ。どっちも守ると決めている」
「で、欲張りすぎたリーダーは愛を失いかけてるってわけね」
「………………内心、オレだけが悪いのかって言いたくなるんだが」
「誰も悪くないからこそ、それぞれの収まり所が無いんだろ」
「…………お前のそういうところが好きだ、アバッキオ」
「おいおいリーダー。言う相手間違ってんぞ」
「…………今日はもう帰るよ。こんな頭痛持ちの頭じゃろくなこと考えないからな。あとはよろしく」
「了解」
レストランを出て、ここから近くの自宅に戻る途中、仲良さそうに歩いてるアイツらを見てしまった。
楽しそうに歩く二人の姿は、他の男に笑いかける彼女の笑顔は、オレの知らない女みたいだ。
ああ、本当に終わった。
ただえさえパキッと心が折れてるってのに、もっと細かく粉砕された気分になった。
ズグンと頭が痛み、腹の底から得体の知れないものが込み上げて、それに飲まれて上手く呼吸が出来ない。苦しくて、酸欠で胸も痛くて。
この痛みを失恋というのなら、もう2度と恋愛したくないと言いたくなる気持ちもよく分かる。それでも、彼女の隣を望んでしまう自分がいる。
でももう無理だから、せめて彼女が幸せに笑っていられるように、彼女を守ることは出来る。誰よりも近くで見守ることが出来る。もうそれで十分だ。
「……完敗だな」
誰も悪くないからこそ、心の収まり所がない。だからオレは、そこに心を収めることにした。