運命の輪舞曲
□2話
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いつものレストランで、ブチャラティ様と楽しいお食事をしていたら、フーゴさんが人間を拾ってきた。犬や猫ならどうにか出来そうだけど、人間って。しかも幼さ残る男の子って。
『ショタ専門の熟女様に売ろうよ。知り合いに欲しい人いたよ』
「目を怪我してるみたいだな。飯を食ったら病院に連れて行くぞ」
『そうだね、売る前の検査は重要だよね』
「その前に風呂と着替えが必要だ。お前の服を着せよう。行く前にお前の家に寄るぞ」
『そうだね、まず売れるかどうかの査定は必要だよね』
これはただの冗談だったんだけど、男の子はマジで震えてた。さすがにやり過ぎたと思って謝っても、一度付いた恐怖は取れないらしい。
このあとブチャラティ様の計らいで入院した男の子は、何だかんだでギャングになった。そしてブチャラティ様のチームに加入。挨拶のとき、私を見るなり冷や汗を流してブルブル震えてた。
「……ヘマしたら売られるんだ……」
そんなことしないけど、今さら誤解を解くのもめんどくせーから、好きに思わせておくことにした。舎弟が出来たと思えば、このくらいの怖さの方が、ちょうど良い威厳かもしれない。
『ちょっと新入りのナランチャ君、今月号の雑誌買ってきて』
「わ、わかった!」
『ちょっと新入りのナランチャ君、喉乾いたからジュース買ってきて』
「りょ、りょーかい!」
『ちょっと新入りのナランチャ君、あやつ様ムカつくからコテンパにやっつけて』
「へ?……あやつ様?」
『そう、あやつ様』
「あ"あ"あ"あ"」
「うあああああ!!」
こんな感じで新入りのナランチャ君は私の命令をなんでも聞いてくれる。威厳ってのはとても大事なんだと改めて知った。
今日もいつものレストランで、特にやることもないので、ナランチャ君に肩もみをやらせている。肩もみ経験値が低そうだから下手だと思ってたんだけど、これがなかなか上手で。
どこから持ってきたのか、ボディクリームを使いながら、デコルテ周辺のリンパマッサージをやってくれている。好みの匂いだし、とても良き時間かな。
『あー……キモチイイ……』
「ほんと!?」
『うん、すっごく上手だね。何か専門の資格でも持ってるの?』
「ううん、持ってねえけど、みんなが疲れたとき、少しでも楽にしてやれたらって思って、本みてベンキョーしたんだ!今のオレに出来ることなんて、それくらいしか思いつかねーし」
『その手があったか!』
ナランチャ君の優しさの中に、ブチャラティ様との進展に使えそうなネタがあった。マッサージだ。マッサージを理由に、ブチャラティ様の肌に触れることが出来る。下心があっても、正々堂々と、あの素肌を撫で回せる。しかもマッサージで癒し系をアピール出来るし、マジで上手かったら間違いなくポイントが付くはず!これは使える!
よし、せっかく覚えるんだもの、専門のスクールに通おう。どうせやるなら徹底的に学んで、ゴッドハンドを目指そう。そしてブチャラティ様を骨抜きにしてやる。「もうお前じゃないとダメなんだ!」って言わせてやるッ!
『こうしちゃいられねえ!すぐにスクールを探すぜ!』
やる気に満ち溢れた私は自分のバックを漁ってケータイを取り出した。検索をかけて近くにあるスクールを探してると、その間もマッサージしてくれてたナランチャ君が呆れたようにため息を吐いた。
「寝ても覚めてもブチャラティのことばっかだなぁ」
『当たり前じゃない。私の全てはブチャラティ様への愛で出来てるのよ』
「うわ、重すぎ」
『はぁ、何でこんなにも私の心をつかんで離さないのかしら。もう爆発寸前だというのに、限界なんか関係ないってくらい想いが溜まっていくの』
「そーいうの何て言ってるか知ってる?」
『愛よ、愛』
「ストーカー、異常」
ずっと黙って我関せずを貫いてたフーゴさんが会話に入ってきた。しかも余計な一言付きで。
「ある意味依存ですよ。いや、執着ですかね。見ていて心配になります」
『誰も心配してくれなんて頼んでないんだけど〜』
「僕達はマフィアです。いつ何があってもおかしくないってのに。それに付き合ってないんですよね?他に女が出来る可能性だってあるんです。あまり前向きに突っ走らない方が身のためです」
イチイチ余計なお世話なことを言ってくるフーゴさんにため息混じりで返事した。
『フーゴさんって頭はイイのに、恋愛において、てんで素人だよね』
「だから何ですか」
『あのねフーゴさん、この世に、ずっと続く海なんてないし、ずっと続く山もないでしょ?』
「言ってる意味が分かりません」
『だから、誰かの想いを引き離せるものもないの。あの人が向かうところ、どこだって私は付いていくし、そうであることをあの日に誓ったの。恋人になれなくても、ずっと隣にいたいって思ってる。私の想いは固いし、崩れることもないの。だから心配無用だよ』
自分でもキッパリハッキリ言い切ったと思う。でも本当のことだ。何でこうも深く想えるのか分からないけど、これが私の想いであり、真実なんだ。
恋人になれたら幸せ万々歳って感じなんだけど、いや、関係性はどうでもいいのか。誰よりも近く、あの人のそばに居れたら、きっとそれが一番の幸せだ。
だからこの幸せをもっと幸せにするためにもマッサージを修得せねば!
『マッサージでメロメロにさせるぞ!』
「ほんとブチャラティ以外見えてねーよなぁ。でも一途なお前も好きだぜ!オレなりに応援してやるよ!」
別にそーいうの要らないんだけど、私の愛に触発されたらしく、ナランチャ君はさっきよりもノリノリでマッサージを再開した。
これがまたググッと筋に入り込んで、すっげーキモチイイ。早くスクール候補見つけて体験入学を申し込みたいのに、ケータイに触れてる手が止まってしまう。
『……あッ』
「んー、ここ?」
『……そこぉ、……すッごい』
「おお、すっげーゴリゴリしてるな」
『ああん、気抜いちゃうと声が……んッ』
「へっへ〜、オレってやっぱりテクニシャンかも〜〜」
ナランチャ君は案外飲み込みが早いのかもしれない。キモチイイ反応を探りながら上手くほぐしていく手に、私の方がメロメロになってしまいそうだ。
『んッんー……、もうダメェ、またお願いッッ』
お願いしてもいい?って言葉は続かなかった。乱暴に、バンッ!とテーブルに置かれたファイルの音で、シーンと静まり返ったのだ。ブチャラティ様のご登場である。しかも珍しいことに不機嫌を表に出してる。
「お楽しみのところ悪いんだが、こいつを借りる」
ブチャラティ様は私の腕を掴んで無理矢理立たせてきた。いつもなら両手上げて喜ぶところだが、何せ今のブチャラティ様は超絶不機嫌。間違いなく説教される。思い当たる節が……ナイナイ。
『あのぉ』
声をかけても無視して、腕を掴んだまま歩くブチャラティ様。だから黙って付いて行くと、パウダールームに入って行った。もちろん私も一緒に。
なにこの密室プレイ。襲っていいの?んじゃ遠慮なく〜って冗談を言う前に、ブチャラティ様の手が頬を掴んでーーそれはいきなりだった。
誰にも触れられたことない唇に、ブチャラティ様の温もりを感じた。
あまりにも突然の出来事に、目を開けっぱなしで。まつ毛の長さとか、感触とか、初めてのキスのドキドキとか、そんなの楽しむ暇もなく、スッとブチャラティ様の唇が離れていった。
「……あ」
きっと本人も自分が何をしたのか今やっと理解したんだと思う。まるでやっちまったって言わんばかりに、「ああ」と、頭を抱えてしまった。かくいう私は意外と冷静だ。だから声をかけた。
『大丈夫?』
「……だ、大丈夫、大丈夫だ」
いや絶対に大丈夫じゃないだろ。大丈夫だったらキスなんてしないし、どこか異常を感じたからキスをしたわけで。
でもなんでキスしたの?
そこんとこを深く追求するべきかどうか考えたけど、やっちまったブチャラティ様が耳まで真っ赤にしてるから、何かもう可愛くて、たまんなくて、『ぷっ』と笑ってしまった。
「……わッ、笑うことはないだろ!」
『ごめんごめん、何だか可愛くて』
「かわッいくない!まだ打ち合わせがあるんだ、さっさと戻るぞ!」
何故か拗ねたブチャラティ様はそそくさとパウダールームから出て行った。
『いや、連れ込んだのブチャラティ様なんだけど』
ブチャラティ様の珍しいリアクションのせいで口元は笑いっぱなしだ。だってあんなに照れた姿も、焦ってる姿も、初めて見るんだもの。
クスクス笑いながらも早くあとを追っ掛けようと、ドアノブに手を掛けた。
ーーゴンッッ!!
扉に思い切り頭突きした。
『……え?……えー……えええ!!?』
ようやくさっきのとんでもない出来事にパニックになった。
『えっと、あれがこれだからこうなってるわけで、つまり……ええええ!!?』
ブチャラティ様にキスされたことの、その意味を考えても、全然わからない。ただのノリ?って思っても、ただのノリでキスするような人じゃないって知ってる。
じゃあ、だったら……
『ナイナイナイナイ、それは絶対にナイ』
キスされたこと、その理由、絶対にあり得ないのに、もしかしたら……と、勝手に舞い上がっていく心を落ち着かせようと思って深呼吸した。でも、ドキドキは止まらず。
ドキドキに支配されたまま、そっと自分の唇を撫でた。さっきのキスの圧を再現するように指で押して、でも全然違う。もっとグッと、唇の輪郭ごとぶつかり合ったあの圧が、自分の指じゃ……物足りない。
『……もう、ダメかも、……こんなの……ハマっちゃう……』
頭を抱えながら、ずるずるとその場にしゃがみこんだ。
「いいか、ナランチャ。2度とここでマッサージをするな。相手が誰であってもだ」
「……わかったよ……」
「それと、フーゴ。お前が居ながら何を好き勝手やらせているんだ。それとも、そーいう声を聞きたくて黙って見てたのか?オレが居ないときは二人を任せると言っただろう。もう少し責任を……っと、アイツ遅いな。フーゴ、呼んできてくれ」
「……ああああ!!」
こんな会話があった&フーゴさんの限界値が突破してたなんて知らない私は、パウダールームで悶えてたわけで。
扉の向こうから、「あ"あ"あ"あ"」と、すんげえ恐ろしい声が聞こえてくるまで、ずっとあのときの感覚を反芻させていた。