運命の輪舞曲
□10話
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『……どうしてこうなったんだろ……』
現在、私はウェディングドレスを着て頭を抱えてる。端から見たら、これからの人生に後悔してる新婦のようだろう。それもそのはず、私は今からミスタと結婚式を挙げるのだ。
どうしてこうなったかというと、三時間前まで遡る。
今回の任務は泊まりだった。しかも有名なリゾート地にある有名なリゾートホテルを予約したらしい。
リーダーは、「たまにはいいだろ」と笑って言ってたけど、こういうリゾートは恋人や家族、気兼ねしない友達と泊まるから楽しいわけで、フラれた相手と一緒に行くべき所ではない。
ブチャラティ様と生意気3人組は任務に出掛けた。ミスタは私と一緒に行動だ。一人で良かったんだけど、何かあっては心配だと言われた。こんなリゾート地で一体何があるんだ、リーダーさん。
しかしリゾート地といっても特に何かがあるわけでもない。有名なリゾートホテルにあるプライベートビーチで遊ぶか、ホテル内にあるプールで遊ぶか、バーラウンジで飲むか、何か適当に散歩するか、こんなもんだ。つまり暇ってこと。
「おっ、すぐそこの丘の上から絶景が見えるらしーぜ」
『絶景ねぇ、どうせすぐ忘れるよ、そんなもん』
「どーせ暇なんだし行ってみようぜ」
『それもそうだね』
着いた先は、確かに丘。ただ、その丘の上に結婚式場が建っていた。絶景が見える式場がコンセプトらしい。式場とかにまるで興味がないから、建物のわきから絶景を見ようと歩いてたところで、知らないオジサンに捕まった。
聞けば、式場パンフレットの撮影中で、モデルさんが急遽来られなくなり、モデルどうするよ〜と話し合ってたら、たまたま私が通って、この子にしようっていう流れになったと説明を受けた。
つい最近大失恋した私に、ウェディングドレス着て幸せいっぱいの笑顔をレンズに向けろとか、何の嫌がらせだ。ちょっとポルポに頼んでこんな式場潰しちゃうよ。2度と幸せ夫婦が生まれないように、ぶっ潰してやる。今すぐ。
『一般人がこの私にナメた態度とってんじゃあねーんがああああ』
とりあえずミスタの拳銃を拝借して、一人一人殺していくことから始めようと思ったけど、ミスタに止められて断念。そして私の口を塞いだまま、とんでもない交渉を始めた。
「こいつの相手役をオレにしてくれんならモデルやってるよ。どう?悪くねーと思うけど」
「いいよ、そうしよっか」
あまりにも返事が軽すぎる。そのせいでモデルの契約が結ばれてしまった。あれよあれよという間にヘアメイクをして、少しの休憩を取ったあと、ウェディングドレスにお着替え。
「すっごく素敵です!お連れ様にも見てもらいましょう!呼んで来ますね!」
スタッフの方々の有り難迷惑な配慮のおかげで、ようやく一人になれた。そして冒頭へ。頭を抱えてるってわけだ。
『どうせならブチャラティ様に見てもらいたかった。こんなに可愛い女の子を振ったことを後悔するがよいわ!ってドヤ顔で言ってやったのに』
やっぱりプロの方々はスゴい。同じメイクでも自分の顔が整形並みに変わってる。髪型も綺麗に結ってくれて、ドレスだってそうだ。
人生に1度しかない幸せの日を、こうしてみんなで作り上げる。新米夫婦の門出を祝うため、これからを幸せいっぱいに過ごせるように、両親を含めて、みんなで奇跡の日を作っていく。それは我が子が結婚するときにも繋がる。ずっと繋がっていく。幸せを結んでいく。
そう考えると何だか無性にグッときて、自分の財布から両親の写真を取り出した。
『パパ、ママ、まだ独身だけど、ウエディングドレス着ちゃった。きっと一生独身だから今日で見納め。ちゃんと見ててね』
ドレス着ただけで感傷に浸ってしまうところが、結婚式の恐ろしさかも。ただの撮影なのに、両親の喜ぶ姿を想像しちゃって何かもう泣いちゃいそう。
『……見せたかったな……』
鼻がツンッとしてきた。これマジでヤバイ泣いたらメイクやり直しじゃねって冷静に頑張ってみても、じわぁ〜って涙が浮かんでしまった。
「おーい、入るぞ」
そしてタイミングの悪いミスタがノックもせずに、部屋に入ってきたわけで。写真片手に泣いてる私を見て目を点にしてた。私はミスタを見て涙が引っ込んだ。
『あはははは!なにそれタキシードってやつ!?超似合わない!似合わなすぎてウケる!しかも白って!帽子無しって!あはははは!』
「わら、笑うなよ!オレだってなぁ!」
『私は!?似合う!?自分で言うのもなんだけど、綺麗にしてもらえたんだよ!』
「……あー……似合ってるよ、本当に、世界一綺麗だと思う」
『ありがとう!何だかんだでミスタも素敵だよ!いつもと違うからしっくりこないけど』
「褒めるか貶すかどっちかにしろよ」
『うそうそ、似合ってる。かっこいいよ、すっごく。惚れ直しちゃう!』
素直にそう言うと、照れくさそうに頬っぺたを指で掻きながら、目の前に立って、何故か片膝をついてきた。
ようやく下僕になる決心でもしたの?って冗談を言う前に、もう片方の手を差し出してきた。その手にはウエディングブーケが握り締められてた。
「待つよ、ずっと待つ。お前が1歩でも前に進む日が来るまで、オレと歩んでもいいって思ってくれるまで。そんで、死んだお前の両親の代わりに、オレがお前を無償で愛してやる。ずっと、約束する」
『……ミスタ……』
「っていう、愛の告白。……どうよ、バシッと写真に納めたかよ、このノゾキ野郎」
部屋の扉の方を指さしたミスタの視線を追うと、カメラマンさんがカメラ片手に扉の隙間から覗いてた。隙あらば写真を納めようとしてる辺り、さすがプロって言えなくもない。
「ブーケ渡してって言っただけなのに愛の告白をするとは!何か僕までドキドキしちゃったよ!」
「だろ?オレって空気の読めるかっこいい男だからな」
「はーい、じゃあ、本番いってみよー!」
「聞けよ!何だよこのカメラマン!腹立つ野郎だぜ!」
1つ言えることがある。多分きっと、ブチャラティ様に出会ってなければ、ミスタの愛の告白に嬉し涙を流してたと思う。
でも、これが運命なんだ。
『緊張してる?』
「う、うっせーよ」
最初は偽物のお父さんと偽物のヴァージンロードを歩いた。そして交代して、ミスタと一緒に偽物のヴァージンロードを歩いていく。一歩づつ、一歩づつ、赤色の絨毯を踏み締める。
偽物の祭壇の前に立った。ミスタをチラッと見ると、ガッチガチに緊張してた。こういうのも悪くないって思えたら、やっぱり笑顔になれた。
ミスタはいつだってそうだ。最近入ったばっかりの新入りのくせに、私のネガティブな想いを涙と一緒に拭ってくれる。そして笑顔をくれる。こんなにもやさしく包んでくれる。何も返せないのに、それすらも受け止めてくれる。
「それでは……」
本物の牧師さんは穏やかな笑顔で言った。
「汝健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命のある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「はっ、はい!……はい、誓います」
緊張で声が裏返ったミスタに思わず笑ってしまった。セックス・ピストルズもミスタを指さして大爆笑。釣られてもっと笑っちゃうからやめてほしい。
「ゴホッ」と牧師さんに咳払いで注意をされて、今度はミスタが口パクで、「ざまーみろ」と言ってきた。ちょっとムカついたからあとで殴ってやろうと思う。神に誓って。
「汝健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命のある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
今度は私の誓いの番だ。偽の結婚式とはいえ、何だか本格的過ぎて本物って勘違いしそうに……ならないね。カメラマンさんの連写音のおかげで、雰囲気にのめり込んでないね。だから大丈夫、これは嘘の言葉なんだ。偽物なんだ。
『はっ、……はい、誓います』
偽の結婚式って分かってるつもりでも、緊張して声が裏返ってしまった。恥ずかしくて俯いてると、セックス・ピストルズがギャーギャー騒いで煽ってくるし、ミスタもツンツンって横腹つついてくるし。
我慢出来なくてキッと睨むと、穏やかに笑ってるミスタと目が合った。別の意味で顔が熱くなって、速攻でまた俯いた。だから、そーいうのが卑怯なんだ。
「では、誓いのキスを……」
「へ?」
『ほげ?』
意味が分かんなくて、すぐそこに居たカメラマンさんを見ると、「指輪の交換ないけどやっちゃって!もう熱烈なやつを!これ常識でしょ!?何で流れを断ち切るの!」と、非常識なことを小声でほざいてた。
この結婚式は式場カタログの撮影なだけであって……でも確かに結婚式といえば誓いのキスだよねっていう、変な錯覚に陥ったのは私だけじゃないはず。
ミスタも最初は、「??………、?」とハテナを浮かべて色々と考えてる様子だったけど、最終的に「!!」って何かに気づいた様子だった。
「……」
『……』
お互いに目を合わすと、こくんと頷いて向き合った。ミスタがベールを上げるのに合わせて腰を落とした。ゆっくりと姿勢を元に戻して、またミスタと見つめ合う。無性に恥ずかしくて、いっそのこと殴ってやりたいけど、今はグッと堪えた。
ミスタの手が腰を掴んだ。あ、くるなって察して、目を閉じる。ミスタと2回目のキスだなんて思いながら待ってたら、突然教会の扉が開いた。
牧師さんもスタッフの方々もみんな静まり返った。もちろん私もミスタも扉の方を振り向いた。そこに居たのはスタッフの人だった。
ほんの少し、こーいう流れでブチャラティ様が来てくれるんじゃ……なんて、幻想を抱いてた自分に、無性に泣きたくなった。
他の男との幸せを望まれてるのに。あの壁は2度と壊れないのに。
それでも、まだこんなにも好きで、こんなときはどうしたらいいんだろう。どうやったらこのズキズキは治るんだろう。
ジワリとまた涙が溜まっていく。俯いて奥歯を噛み締めて泣くのを我慢してると、そっと頬っぺたを撫でられた。
「大丈夫、大丈夫だ」
『……ミスタ』
「元気出せってのは、今はムリだろうけどよ、……オレがいる。だから大丈夫。オレって究極の癒し系だろ?」
『なにそれ』
ミスタの言葉にクスッと笑うと、腰を掴んで引き寄せてきた。今度こそ近付いてくる距離に、ゆっくりと瞼を閉じる。
「もうオレに流されとけ」
誓いのキスをする直前、耳に届いたミスタの言葉。やっぱり違和感なくスルリと心に入ってきた。それもいいかもなぁって思いながら、ミスタと誓いのキスをした。