番外編/短編/過去拍手文/
□リーダーの憂うつ
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上からの命令で、オレたちのチームに新入りの女が配属された。
オレたちが【負】なら彼女は【正】、オレたちが【暗】なら彼女は【明】というような、真っ直ぐで純粋で正義感に溢れた人物だった。
この汚れた世界でよくもまぁあそこまで真っ直ぐに生きれるもんだと感心した。このオレが認めてしまう、そのくらい彼女の心は強かった。まぶしい存在だった。
そのまぶしさのせいで、薄汚い虫が光に集まるように、薄汚い男が彼女に群がる。己の汚さを彼女が浄化してくれていると錯覚してしまうんだろう。いや、錯覚するのは当然だ。そこは否定出来ない。
彼女は、汚れきった魂を包み込んでくれる聖母のように、美しく可憐な存在で間違いないのだが、薄汚い虫たちは彼女を我が物にしようと躍起になっている。
しかし彼女は、薄汚い虫の下心に気づこうともせずに、薄汚い虫たちの魂を救おうとしているではないか。そんなやつら殺虫剤でも撒いてやればいいものを。薄汚い虫の話を聞く前に、1秒でも早くフマキラーを買うべきだ。今すぐそうするべきなのだ。
見かねたオレは、ここのチームのリーダーとして何回も注意した。
「プロシュ……兄貴の皮を被った薄汚い虫だぞ、気をつけろ」
「頭から草を生やし……薄汚い虫は放っておけ」
「坊主……薄汚い虫と会話なんぞするな」
「メロー……アイツと目が合ったら妊娠するぞ」
「ギアッチョは変人だ。ヒス的な人格が移るぞ」
「イルーゾォには逆らうな。あれはうちのお財布担当だ。適度な距離を保ちさえすればおやつが豪華になる」
いくら注意しても、聖母のような優しい彼女は大丈夫と言うだけで、取り繕ってくれなかった。
このままでは彼女が薄汚い虫たちに喰われるかもしれない。オレの不安は最高潮に達した。
出来ればこの手は使いたくなかったが、こうなっては仕方のないことだと、自分に言い聞かせて、胸の締め付けられる思いで行動に移した。
「オレと付き合え、リーダー命令だ」
アジトであるアパートメントの一室。いつものソファーに座って、あくせく動いて掃除をしてた彼女にそう言った。彼女は動きを止め、オレを見た。
薄汚い虫たちは、オレと彼女の両方を何度も見て、唸りながら頭を抱えた。抜け駆けされたと思っているんだろう。しかし、これは抜け駆けではない、リーダーとしての権限を利用した最低な取引だ。
だが、どう思われようとオレは構わん。薄汚い虫たちから聖母のような彼女を守るため、オレは悪にでも何でもなると決めた。
「返事くらいしろ」
きっと突然の最低な取引に驚いているんだろう。呆然としている彼女に返事を促したら、持っていたハタキを元の場所である掃除道具入れに戻して、エプロンを脱ぎながら笑顔で答えた。
『いいですよ!どこに行きますか?』
オレは頭を抱えた。
『お出掛けのついでに買い出ししても大丈夫ですか?そろそろハンドソープがなくなりそうなんです。ストックの分も買っておきましょうね!』
さも当然のように、付き合えの意味を間違えてる。彼女がいかに真っ直ぐで純粋か知っていたが、改めて思い知らされた。彼女の恋愛経験は小学生以下だと。
虫ケラどもは、そんなオレと彼女のすれ違いを見て、全員うつ向いてしまった。微妙に肩が震えてることを察するに、バカにして笑っているに違いない。しかしオレはリーダーだ。そんなことで怒ったり咎めたりしない。それでお前たちが幸せになれると思うなら、思う存分、嗤え。
『あれ?行かないんですか?』
「そういう意味じゃない。とにかく、こっちに来い」
彼女は笑顔でオレの目の前に立った。そのまぶしくも可愛らしい笑顔に、彼女を抱き寄せたい衝動に駆られたが我慢した。そして先程の付き合えの意味を説明した。
「付き合えというのは、場所ではなく、なんだその……気持ちというか、……こう、……手を繋いだり……」
求めている関係性を改めて説明するというのは、思ってた以上に恥ずかしいことなのだと、この歳にして初めて気づいた。
『手、ですか?んー、手を繋ぐことに付き合うんですね!わかりました!』
彼女は当たり前の如くオレの両手と自分の両手を繋いだ。そしてこれまたすごく良い笑顔で、『次はどうしたいです!?踊りますか!?』とオレの手を引っ張ってきた。
彼女に促されるまま立ち上がると、何がそんなに楽しいのか分からんが、キャッキャと小さな子供が笑って遊ぶかのように、その場でくるくる回りだした。
分かるか?オレの手を繋いだまま、横歩きしているんだ。つまりオレも横歩き。二人仲良く円を描くように横歩き。端から見れば手を繋いでくるくる回っているように見えるだろう。伝わっていれば幸いだ。
『リーダーさん、楽しいですね!』
オレが言いたいのはそういうことではないし、でも可愛らしい彼女と手を繋いでることは全くもって嫌ではないし、それで彼女が楽しいのなら尚更。でも虫ケラどもはオレをみて笑ってる。本当は声を揚げた笑いたいのを堪えてるかのように、小さな笑い声が聞こえてくる。虫ケラどもにどう思われようが構わんが、これはこれは恥ずかしいことなのだと、この歳にしてまたしても初めての経験をした。
『リーダーさんは楽しいですか!?』
いや別に。楽しそうに笑う彼女を前にして死んでも言えるはずもない。オレは1つ頷くと、彼女はやりきったと言わんばかりの笑顔で手を離した。
『じゃあ、終わりですね!また遊んでほしいときは声をかけて下さいね!』
誰も遊べと言ってないし、そもそも付き合えって意味は遊びって意味でもないし、なんかもう色々そういうことじゃない。オレはこほんっと咳払いをして、もう一度彼女を呼び寄せた。
「付き合えというのはだな、恋人という意味だ」
『こいびと?』
「分かりやすく言ってやる。オレの女になれ、リーダー命令だ」
これで完璧に伝わるだろう。オレの予想は的中した。彼女の顔はみるみるのうちに赤くなっていき、口を魚のようにぱくぱくと動かした。
「返事くらいしろ」
リーダー命令の時点で拒否権はない。聞かなくてもいいが、やはり聞いておきたいと思う。否定ではなく、合意の言葉を。
『……わ、……わたしッ、……その、精一杯頑張らせていただきます!』
至るところから虫ケラどもの舌打ちが聞こえた。オレはとてもいい気分なので、今の数々の舌打ちは、聴こえないふりをしてやろうと思う。
『次の任務の作戦ですね!リーダーさんの彼女役、どういうキャラ設定でいきましょう!?高飛車系ですか!?それとも知的系ですか!?』
オレはまた頭を抱えた。一匹の虫ケラが耐えきれずに「あーはは!」と笑った。みんなで嗤えば怖くないと思ったのか、一匹が嗤えばもう一匹が嗤い、結果的に虫ケラ全員が嗤った。でもオレはリーダーだ。これしきのことで怒ったり咎めたりしない。
「はぁ」とため息を吐いて、やる気に満ち溢れている彼女と、オレを嗤った虫ケラ共に言ってやった。
「お前はオレの女だ。お前に手を出す薄汚い虫ケラはオレが殺す。いいか、ここで宣言する。彼女に取り入ろうと近づく薄汚い虫ケラは容赦なく殺す。分かったのなら返事をしろ」
『わあ!まるで独占欲の激しい彼氏……なるほど!リーダーさんの役柄ですね!演技とてもお上手ですね!素晴らしいです!』
彼女の返事はさておき、あれだけオレを嗤っていた虫ケラどもが小さな声で返事をした。ふんっとオレも鼻で嗤ってやった。