続・雪の思い出
□続・雪の思い出E
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「…ちょっと、開けるならノックぐらいしなさいよね!」
誰かが室内に入ってくる気配と同時に、柳宿のトゲトゲしい声が聞こえた。
布団に潜りながら息を潜める。
「ぁあ?なんやねん、来て早々に怒鳴んなや。人がせっかく様子見に来たったっちゅーのに」
(た、翼宿……)
危なかった。
もう少しで目撃されるところだった。
よりによって、一番騒ぎそうな彼に。
「それはどーも。でも女の子がいる部屋をノックも無しに開けるなんて失礼よ?着替えでもしてたらどーすんのよっ」
「いや、してへんやん」
「そういう問題じゃないでしょ?あんたはもう少しマナーってもんを…」
来て早々に言い合いを始める二人。
今の内に乱れきっている服を直してしまいたいが、動いたらまずいだろうか…
もし布団を捲られでもしたら、何をしていたのか一目瞭然だろう。
どうにも落ち着かない。
「何カリカリしとるん?いきなり食ってかかりよって」
「そりゃこれからって時に……
……じゃ、なくてぇ…あんたのマナーがなってないからよっ」
「なんだ、元気そうだな」
「!」
服を直そうとそろりと動きだした途端、聞こえてきた軫宿の声に再びピタリと動きを停止した。
「あら軫宿…あんたも様子を見に来てくれたの?」
「ああ。鬼宿と美朱に言われてな。お前達が風邪引いて寝込んでるから様子を見てきてくれと」
「宿の場所聞いてわざわざ先に来たったんやで?井宿達と合流したらアイツらも来るやろ」
「あー…そうだったの、悪いわね。
でも大丈夫よ、お陰様で十分休めたし。
…この子はまだ寝てるから、後で一応診てあげてくれる?」
布団の上から手でポンとされる。
「さっきから結構騒いどるのに、ほんまに寝とんのか?」
近付いて覗き込もうとする翼宿を慌てて遮る柳宿。
「ほら、薬が効いたみたいで!もうグッスリよ」
「そうか。なら俺は外にいるから、目を覚ましたら教えてくれ」
「ええ、ありがとう軫宿」
パタン…と扉が閉まる音が聞こえる。
ほっとして動き出そうとしたが、柳宿の声にまたピタッと固まった。
「…あんたも行きなさいよ」
「ええやん別に。おったらあかんのか?」
外寒いねん、と言いながら腰を下ろす翼宿。
「だめよ。あんたがいたらゆっくり休めないじゃない。だからほら、早く外に…」
「…」
「?なによ」
「そんなん言うて…単にコイツと二人でおりたいだけやろ?ベタ惚れやもんなぁお前」
「!!」
(べ、ベタ惚れ…?)
再び服を直そうと動かし始めた手を止め、布団越しに聞こえてくる話し声に耳を澄ませる。
「な…何言い出すのよ、別にそんな事…」
「なんや、バレとらんとでも思っとったんか?
いっつもコイツの話ばっかしよるし、ちょ〜っと姿が見えんだけでキョロキョロ探しよるし、バレバレやで?」
「そんな事してないわよ!やだ、ちょっと…」
柳宿の焦り出す声が聞こえる。
思わぬ内容にそ〜っと布団を持ち上げ、よく聞こうとますますその会話に耳を傾けた。
「しとるやん自分。そのくせコイツが来ると途端にシレッとしよって…ほんまはデレデレしとるくせに、素直やないと言うかなんと言うか…」
(デレデレ??)
翼宿の台詞に目を見開く。
好きとは言ってくれたものの、そんな素振り全然なかったのに…
「ちょっとやめてよ!デレデレなんてしてないって!」
「思い切り顔緩んどるっちゅーねん。自覚ないんか?オレらが近付くだけで毎回睨みつけてきよって、いっぺん言うたろと思っとったんや」
「睨んでなんかないわよ!ちょっともう黙んなさいよ!!」
「……ぷっ………お前、顔真っ赤やで?
星宿様の時とはエライ違いやな。あん時はあっけらかんと好き好き言うとったくせに…
本気なら変にカッコつけとらんと、さっさと口説けばええやろ。星宿様の代わりに美朱を守らないと、とか言うてホンマはコイツとおりたいから…」
「黙んなさいって言ってんのよぉお〜!!!」
ぐぇっと翼宿の変な声が聞こえる。
(……ほ、本当かな…今の…)
思わず緩んでしまう頬にそっと手を当てる。
自分の方がよっぽど好きなんだろうと思っていたのに。
(どうしよう、嬉し過ぎる…)
「もういいからさっさと出ていきなさいよ!あの子起きちゃうじゃないのよ!」
「デカい声出しとんのはお前だけ…」
「いーからっ!!」
強制的に退場させようとしているんだろう。
ブツブツ言う翼宿の声と共に、「ほらっ!」と促す柳宿の声と、ガチャッと扉を開ける音がする。
「……寝込み襲うのだけはやめときや?」
「あたしがそんな事するわけないでしょ!」
(…)
バタンッと再び扉が閉まる音がする。
訪れる静寂に、そ〜っと布団から顔を出すと、こちらに背を向けたままの柳宿の後ろ姿が見えた。
むくりと起き上がり、服を直すのも忘れてその動かない背中を見つめていると、やがてくるりとこちらに向き直った。
「…さっ!翼宿も出ていったことだし、今の内に…」
パチンと手を叩き、何事もなかったかのように笑顔で仕切り直そうとしている。
「……ベタ惚れ?」
ポツリと呟くと、ピタと固まる笑顔。
「…デレデレ?」
「…」
笑顔のまま赤味を増していくその顔をじっと見つめた。