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□【8×rntn】足枷に椿
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俺が死んだとして、それでも世界は動くんだ。
俺が居ない事が当たり前になって、動画内では失踪タグ、いつの日か忘れられて、終わり。

そう、流れていく。
何事も無かったみたいに、日常は。
そんなことずっと前から分かってて、腹を括って生きてきたのに。



どうして今更、こんなにも怖いんだろう。







「ハッチは自殺願望があるわけ?」

蘭たんはテレビの液晶から目を逸らさず、そう言った。
画面には某有名ゲームの広大な自然を4人組が駆け回っていて、蘭たんが実況しているシリーズの一つだと分かる。
けど、あまりの脈絡の無さに疑問しかなくて、「何で」と聞き返していた。

「こないだやったじゃん、あの…アレ」
「アレ?」
「クリスマスでオカマしたやつ」
「…あぁ」

多分、蘭たんが指しているのはクリスマスに四人で声を変えてオカマに扮した、あの動画のことを言っているのだろう。
でも動画が分かったところで、蘭たんの言葉に繋がるような何かは思い出せず、余計に頭を捻った。

「なんか、言ってたじゃん。『いつ死んでもいいって最近まで思ってた』って」
「ああー…それで…」

そこまで言われてやっと話が繋がり、納得する。そういえば言っていた。
その後、でも寂しくなってきたとか何とか言っていた気がする。恥ずかしくて覚えてないけど。
そんな事を話したのも、もう一ヶ月も前の話だ。記憶に薄くて、思い出すのも一苦労だった。

「結構前の話だね」
「今思い出したからさぁ」
「ゲームしながら」
「そう」

蘭たんはコントローラーを機敏に指で捌きながら、「ずっと聞こうと思ってたけど忘れてた」と言う。

「今でもそう思うの」

テレビからは得体の知れないモンスターを武器で切り付けている様子が見えて、それをぼんやり見ながら、考える。

蘭たん達とグループを組むまでは、自分で実況をする事は途絶えていた。
ゲーム関連のことはよく連絡する実況者の生放送とかゲストにたまに出演するくらいで、本当にそれだけ。
実況動画は大好きで継続してずっと見ていたけど、いざそれを自分がやって動画にしようという気持ちは、以前ほどなかった。

「どうかな」
「…何それ」
「最近、分かんなくて」

こうしていく内に忘れられていく。
そんな漠然とした不安と恐怖を抱える反面、それで良いと思う自分も居た。
個別性もオリジナリティも求めない現実は思うより息苦しくて、目的も無くゲームに居場所を求める自分は、

そう。
死んだ方がマシなんじゃないか。
そう思うほど、疲弊していて。

「ナポリを始めた頃はまだ、思ってたよ」

グループの誘いを受けたのは、どうせ何も変わらないと諦めの方が多かった。
要するにヤケクソだったのだ。
でも、すぎるさんやshu3や、蘭たんと組むようになって、段々思う。ふとした時に、気付けば。

ああ、死にたくない。
出来ることなら、皆にもう一度会ってから死にたい。

そう、思ってしまう自分が居ることが、強くなったのか弱くなったのか、分からなくて。

「今は…」
「…今は?」

蘭たんはゲームをいつの間にかポーズ画面にして、ぐるりと首だけ俺に向ける。
癖のある髪がふわりと揺れて、長い睫毛から覗く瞳は光の加減で輝く。
その力に、淀みに溢れた俺は五秒もすれば消えてしまいそうで。

「…言ったでしょ。分かんないって」
「じゃあ今ここに縄があったら首吊るわけ」
「極端過ぎる…」

蘭たんはいつもの調子とは少し違っていて、その言葉には何処と無く真剣味を帯びていた。
その、射抜くような有無を言わさぬ圧に、若干気後れしつつも答える。

「場合によるかな…」
「自己評価低過ぎじゃない…?」
「普通、だと思うんですけど…」
「えっ絶対違う」

蘭たんは再びコントローラーを握り、顔を画面に向き直す。
蘭たんがもたれ掛かるソファに座って、ぼうっとつむじを眺めた。

「じゃあもし死ぬとしたらさ、そん時は俺に連絡してね」

ピロンとセーブ音が響いた後、蘭たんはゲームの電源を切り隣に座る。
両足を俺の太腿に大胆に置いて、頭を壁に預けながら、ちょっと笑って言う。



「その後、追いかけるからさ」








hacchiの目が今まで見たことも無いくらい大きく見開いて、今食器なんか持ってたら落として割ってるだろうなぁと考える。
それくらい、hacchiは動揺していた。

「え、なん…え…?」
「後追い自殺、か。簡単には」
「いや、訳分かんないって、蘭たん」

hacchiは口を抑えながら、地面と俺を交互に見る。指先は少しだけ震えていた。

「冗談、キツい」
「言ってるように見えるわけ」
「だって、そんな」

hacchiの顔はどんどん青ざめて、瞳は少し潤んでいた。
冗談だと信じたいんだろう。でも、俺は少したりともふざけて言ってなんかいない。
人をよく見ているhacchiは、そんな事とっくに気付いているだろう。

「おかしい、こんなの」
「ハッチも相当おかしいと思うけど」
「他人なのに」

その言葉が、胸に留まる。
そう、俺とhacchiはグループの一員であれどどこまで行っても果てなく他人なのは、紛れもない事実だった。
そんな血も繋がらない人間に、命を投げ捨てるなんて、心中するなんて、間違っていると彼は言いたいのだろう。

「はは、変な顔」
「…からかわないで」
「ハッチも、そういう顔するんだ」

彼の顔はあまりにも悲痛に溢れていて、その頬に触れる。

hacchiが過去に何があって、どういう気持ちで死にたいのか、俺は全く知らない。
出会う前のhacchiなんて動画の視聴者並にしか知らないわけで、実際hacchiの何を知っているのかと言われたら答えられない。
ハサミで切ってしまえばプツンと切れてしまう、本当に呆気ない繋がりだ。

それでも、繋ぎとめたかった。
何度でも玉結びで固めたかった。
それがhacchiにとって酷なことでも、

「ハッチは優しいから、これで死ねないね」

そうやって笑う俺の顔は、彼にどう映っているのだろうか。
死神か、天使か。だけど俺はどれでもなくて、ただhacchiと一緒に歩んで行きたい一人の人間だ。
それが彼にとって血反吐を吐くような日々でも、限界が来るその日まで共に生きたいと。
ただそれを願うだけの、ただの人間なのだ。

「…こんなの、ズルい」
「そうね」
「ずっと一人が良かった」

震えるhacchiを抱き締める。
俺よりも大きくて骨張った体は縮こまってとても小さくて、こんな弱い生き物が今まで生きてこれた事が奇跡だと思えるほど。
よしよしと背中を擦りながら、鼻をすするhacchiのつむじにキスを落とす。

「好き好きハッチ」
「…うるさい…」
「でもさー、これなら死ぬ時怖くないよ。二人なら」
「怖いよ。生きてて欲しいのに」
「じゃあ生きなきゃねぇ」

チラリと顔を見るとhacchiの目からポロポロ涙が溢れていて、その涙はきっと死ねない絶望と失う怖さを知った恐怖なんじゃないかなぁと漠然と思っていた。

hacchiは優しいから、とても優しくて真面目な人だから。
きっとこの先、俺を死なせるような選択はしないだろう。

「恨んでもいいよ」

hacchiは俺を抱き締め返すけど、何も答えなかった。
正直、hacchiにならどう思われたって構わなかった。嫌われても恨まれても、死にさえしなければそれで。
これをきっかけに別れられたって、俺はhacchiの後を追いかけるくらいもう大切な人になっている自信はあったし、hacchiもきっとそれを分かってる。

「ごめんねハッチ」

聞いているかも分からない、精神の定まらない彼を撫でながら呟く。
暗くなった液晶画面に俺達の姿が映っていて、何ともまぁむさ苦しい絵図だなと思いながら、それでもなお抱き締めた。

「俺は、優しくないから」

心休まるような優しい言葉も、慈悲深く逃げ道を与えるようなことも、してやらない。
首を吊るロープに俺の心臓を付録にして足枷にする様な真似でさえ、hacchiを生かすことになるならば、こんな命くれてやる。
後にも先にも俺で縛り付けて、今後一生、ずうっと。

(こんなの呪いと変わんないよなぁ)

それでもいい。
それでも良かった。
このか細い存在を俺ひとつで留めておけるなら、それで。

「ごめんね」

明かりの弱い部屋で日はいつの間にか落ちていて、夜風にカーテンが揺れる。
俺の呟いた謝罪の言葉は、空気に溶けるように消えて、ベランダから聞こえる酔っ払いのオッサンの声が響く。

「好きだよ」

俺の為に生きて、俺と一緒に死のうね。
外の音に邪魔されないように、hacchiの耳元で呟いてキスを落とす。
顔を俺に埋めながら、「…俺もだよ」と鼻声で呟く彼の瞳から、またひとつ、涙が零れた。







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