DREAM

□01.Welcome back
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01.MGS:TPP KAZUHIRA

パキスタンとの国境付近にて、反政府軍ゲリラ
を訓練中にソ連軍に捕まったカズヒラことカズ
ヒラ・ミラーがワンデイ集落に監禁されている
との情報を彼女が聞かされたあの日から今日で
丁度一ヶ月になろうとしていた。

あの時、キプロスの病院にて修養されていた筈
のボスことスネークがカズヒラを救出してくれ
ていなかったら今頃どうなっていただろうか、
などと考えて彼女は嫌に眉間に皺を寄せる。

タイムパラドックス、なんて言葉が頭に過った
が彼女は有りもし無いもう一つの上線の事など
考えるのは辞めよう、と吐息を洩らした。

ダイアモンド・ドッグズがかつてMSFとして名
を馳せて居た頃から、彼女は医療班を自らの居
場所としてスネークに貢献して来た。

スネークがあの時、彼女を引き取らなければこ
うした今も無ければカズヒラと出会う事でさえ
無かったと言えるだろう。

ちらりと見やった腕時計の針は、カズヒラの検
診時間である早朝を示していた。

あれから特に何かを語ろうとしないカズヒラの
様子を見て、彼女は彼らしくないだなんて不安
ばかりを感じて居たのだ。

だが、不安ばかりの中にもカズヒラがこうして
マザーベースへと戻って来てくれた安心感も何
処と無く感じている事は確かだった。

軽やかとは決して言い切れない足取りで、彼女
はカズヒラが治療を受けている医療班第二甲板
へと歩みを向けた。

「お疲れ様です、チーム長」

第一甲板に比べれば、幾分造りが頑丈の様に見
える治療施設の門を潜れば早速スタッフに声を
掛けられてしまう。

「お疲れ様、今日もありがとう」

普段行っている医学研究ですら、何の進展も得
られず難航していると言うのにも関わらず一日
で何人もの兵士が傷を負って帰って来る。

そんな彼らの身体を癒してあげなくてはならな
いと同時に、私達医療班は猫の手も借りてしま
いたい程に忙しくなるのだ。

医療班の指揮を取る者として、他メディックの
体調管理やストレス管理は彼女が一番気にして
気遣っている事の一つだった。

今の声掛けも彼女らしいと言える事だろうかと
長年共に働いて来たメディック達は常に感じて
いる。

そんなスタッフに笑みを振りまきながら、彼女
は一番奥に位置する治療室の扉を開けた。

中からは、既に血の鉄臭い匂いなど消えてしま
っていたが幾分嗅ぎ慣れている筈の消毒エタノ
ールの香りが嫌に鼻に付いた。

「桃...か?」

分厚く仕切られたカーテンの向こう側から、彼
女のコードネームが呼ばれた。

カズヒラには、足音だけでそれが彼女なのだと
言う事は等の昔から分かって居たのだ。

そんな事すら知りもしない彼女は、戸惑いの苦
笑を浮かべながらゆっくりと分厚いカーテンを
開けた。

軍服を脱ぎ、医療用の衣服へと着替えさせられ
たカズヒラはベッドに横たわりながら壁の方を
静かに見つめていた。

そんなカズヒラの大きな背中に目を向けては、
あの日の事を鮮明に思い出し嫌悪を覚えるのだ。

カズヒラからの呼び掛けに特に何かを答える訳
では無かった彼女は、ベッドの隅に腰を下ろす
と伸ばした手でカズヒラの柔らかい金色の髪を
ふわふわと手櫛して見せた。

ワックスで止められていない髪は、彼女の細い
指の隙間をぬってサラサラと落ちて行く。

彼女の細かな手の動きに堪らなく、くすぐった
さを感じたカズヒラはベッドに入っているのに
も関わらず着用しているサングラスの下で、目
元を柔らかく細める。

カズヒラの仕草を見逃さなかった彼女は、ゆっ
くりとサングラスに手を掛け外していった。

が、サングラスという自分の前に隔てた壁が無
くなってしまった事でカズヒラは堪らない不安
感に襲われ、彼女の顔を見る間も無く顔を壁の
方へと向けた。

「こっち、見て?」

依然目を逸らしているカズヒラに声を掛ける彼
女だったが、等の本人はまるで何も聞こえてい
ないかの様な素振りを見せる。

彼女にこっちを見て欲しいのだと言われたカズ
ヒラもまた、弱っている自分の姿を晒している
という事自体に抵抗があったのだ。

中々、甘えられないでいる事をお互いが知って
いるが故にこの状況が堪らなく恥ずかしかった。

「映らなかったら...意味が無い」

遠慮気味に言葉にしたカズヒラは、サングラス
が取り払われているにも関わらず依然濁った景
色から目を伏せた。

あの日の様に彼女の姿が見えないかも知れない
自分の目には映らないかも知れないという底知
れない恐怖心が、カズヒラを襲っている事に間
違いは無かった。

「見てみないと、分からないでしょう?」

無理矢理では無い、彼女らしさが溢れる言い方
でカズヒラを少しずつ宥め安心させていく。

彼女の柔らかく優しい手の平が、頬を包んだ事
を合図にする様にカズヒラはゆっくりと伏せて
いた目を開け、彼女を視界へと入れて見せた。

分厚く暗いサングラスが取り払われた今、監禁
された時に負傷したと思われる痛々しい傷が未
だカズヒラの片目を覆っていた。

「...俺は、帰って来たんだな」

天井に光る照明が眩しかったからだろうか、カ
ズヒラは幾分目を細めたまま彼女の姿を捉えて
離さなかった。

彼女もまた、カズヒラの瞳に反射して映る自分
自身の情けない表情に安心感を覚えるのだろう。

「おかえり、ミラー」

そんな彼女の言葉だけが、やはりカズヒラに対
して唯一の救いなのではないか、と遅れて見舞
いに来ていたオセロットはその身を隠しながら
苦笑を洩らし、感じるのだ。



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「カズ、具合は...ン!?」

「ボス...静かに」

「カズはどうした、寝ているのか」

「取り込み中の様で...出直そう」

「分かった、カズまた来るぞ!」

「ボス...あんたって人は!」

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