DREAM

□07.Flowers to you
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07.MGS:TPP VENOM (06その後のお話)

柔らかい風が頬を撫でると同時に、彼女はゆ
っくりと目を細めて見せた。

アフガニスタンカブール北方、ワンデイ集落
から随分南下した場所にある廃屋にて監禁さ
れていた彼女は、カズヒラからの指示で数週
間の休暇を貰っていた。

あれから数日経っているものの、身体中に出
来た傷が完治している訳ではなかったが、何
せ黙って休暇を貰う様な彼女では無い。

痛々しい傷が他のメディックの気に触らない
様にと、彼女の頬には気休めのガーゼが貼ら
れていた。

何時もと変わらず羽織った白衣は、彼女がこ
の状況下の中でも一人のメディックであるの
だと言う事を主張している様だった。

風に靡いて乱れた長い黒髪を手櫛で整えなが
ら、そろそろ仕事場に戻ろうかと歩みを止め
ていた甲板から降りようとした時。

「怪我人が、こんな所で何をやってる?」

聞き慣れた愛しい人の声に顔を上げて見れば
階段をゆっくりと登り、彼女の元へと歩みを
進めているスネークの姿があった。

そんなスネークの言葉に、貴方こそ任務にも
行かずに何をしているのだと口に出してしま
いそうだった彼女だが、今は幾分自分を心配
してくれていたスネークに対して口出しはし
たりしなかった。

「私だけ休んでるなんて事...出来ないの」

真っ直ぐなスネークの視線からぎこちなく目
を逸らして見せるけれど、一度捉えられてし
まえば逃げ出す事など出来る筈が無い。

チクチクと刺さる様な視線を送られてしまう
為、彼女は笑顔で誤魔化して見せる。

が、生憎彼女の細やかな抵抗などスネークに
は通用しないのだ。

「もう少し甘えてみたらどうだ」

呆れる様に言われた言葉に、甘え方などとっ
くの昔に忘れてしまったのだと言う意味を込
めて、彼女は苦笑を返事とする。

彼女の苦笑の意味を既に察しているスネーク
は、それ以上言葉にする事も無く幾分離れて
いた彼女との距離を縮める様にして一歩づつ
着実に歩みを進めた。

大きな身体のスネークが目の前に立ってしま
えば、大きな影が出来上がり彼女の視界を薄
暗く覆ってしまう。

特に何かを話そうとはしないスネークを前に
して彼女は疑問に首を傾げて見せるがやはり
それ以上の進展は今の所見られなかった。

「ボス...?」

余りにも長く続いている沈黙に耐えられなく
なった彼女は、意を決する様にして言葉を紡
いで見るけれどスネークからの応答は相変わ
らず得られない。

かと思えば、何か難しい表情を浮かべている
スネークは彼女の頬にバイオニックアームを
伸ばすと、割れ物に触れる様な優しい手付き
で綺麗に貼られたガーゼを撫でた。

「跡になったりしないだろうな...」

彼女は頬に触れているバイオニックアームの
上から手を重ねては、ゆっくりと目を伏せた。

そんな仕草を見逃さなかったスネークは、難
しそうにしていた表情をより一層深刻にして
見せた。

だが、スネークが思っている程に彼女は自ら
の頬に出来てしまった傷が完治しなくても構
わないとすら思っていた。

彼女にとって、あの出来事が苦しいものだっ
た事に何ら変わりは無い。

無いが、それと同時に自らがどの様な立場に
どの様な存在意義を見出しているのかと言う
事を改めて理解させてくれた。

だからこそカズヒラが良く口にする、失った
仲間の痛みを忘れてはいけないのだと深く思
うのだ。

「傷が残ったままの私は嫌い?」

意地悪をする様に呟いて見せれば、驚いた様
に目を見開くスネークだったが直ぐ様余裕を
思わせる表情を浮かべて訂正を施す。

「嫌いなんて言葉、浮かべもしなかった」

頬に触れていたバイオニックアームはするり
と移動し、彼女の腰を捉えてしまう。

ぐいっと引き寄せられてしまえば、彼女の身
体は自然とスネークの腕の中へと綺麗に収ま
った。

「仕事中にこんな事、感心しないわ」

「真面目過ぎるのも感心しないな」

ふわりと笑みを浮かべたスネークは、彼女の
唇に柔らかいキスを降らせる。

唇に当たる柔らかい感触や、鼻に掛かる消毒
の匂いが彼女が自分の元に有るのだと言う事
実を改めて感じさせてくれる様だった。

幾分長い様に感じるキスに酔い痴れては、ゆ
っくりと離れて行く唇に少なからず寂しさを
覚えながらも彼女はそっと目を開ける。

と、目の端に掛かる大きな影と鼻を掠めては
消える花粉の香りに思わず手を伸ばす。

ふわふわと手に当たるのは、どうやら此処に
有るには珍しい花の様だ。

アフガニスタンへと出てしまえば様々な草木
が生えている事は確かだが、資源として利用
する為に見極める以外には理由を見つけて持
ち帰る事など全くと言って良い程に無かった。

紅色の輝きを放っている綺麗な花は彼女の頬
に当てられたガーゼを隠す様にして耳に掛け
られていた。

「綺麗...」

彼女は自分の耳に掛かる花弁にそっと指先で
触れては、香りを楽しむ様に鼻をスンスンと
鳴らして見せる。

そんな彼女の様子を伺っては、何処か決まり
が悪い様な気恥ずかしい様な気持ちになりな
がらも、スネークはふわりと笑みを浮かべた。

「花には詳しく無いが、気分転換にでもなれ
  ばと思ってな...お前に良く似合ってる」

スネークの褒め言葉にすっかり気分を良くし
た彼女は、自身の耳に掛かる大きな花弁の香
りを堪能した後に態とらしく、ふわりと髪を
靡かせた。

軍用の素っ気無いシャンプーの香りと、彼女
が普段常に扱っている消毒液の香りに混じり
何処か甘い花弁の香りがスネークの鼻を掠め
風に乗って消えていく。

「ボス、貴方が選んでくれたんだもの...似合
  うに決まってるわ」

「ふ...そうか、それは光栄だ」

彼女が髪を靡かせる度に風に吹かれた金色の
花粉が宙に浮かび、何処か彼方へと飛ばされ
ては消える。

愛しい彼女の綺麗な横顔に生える様にして咲
く色鮮やかな花弁に見惚れながら、スネーク
は今此処に有る彼女の存在に安堵を覚えた。



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「桃、その花はどうした?」

「ボスからのプレゼントよ、綺麗でしょう?」

「ボスも中々粋な事をするじゃないか...俺も
  花をやろうか」

「ミラーからの花も嬉しいけど、やっぱり花
  だもの...ボスに貰わなくちゃ駄目よ」

「それなら俺からは何が欲しいんだ」

「一日だけボスに休暇を上げて」

「結局そうなるんだな...考えておくかな」

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