DREAM

□08.Do you like spring
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08. MGS:4 OTAKON

昨晩から明け方まで手を掛けていた資料内容
から目を離して大きな欠伸を洩らしたオタコ
ンは、めいいっぱいに身体を反らしながら背
中の骨を鳴らして見せた。

資料を解読する事に集中し過ぎていたせいか
やけに腹が減った様な気がする、と食べ物を
求めて自室を後にした。

自室を出てキッチンへ向かう途中、無機質な
此処での生活にも随分慣れてしまった様だと
決して広いとは言えない大型輸送機ノーマッ
ド内に作られた部屋の中を見渡した。

ふわりと欠伸を洩らしながら、幾分ズレてし
まっている眼鏡をかけ直す。

まだ誰も起きていない所を見ると、どうにも
一人で朝食を作る気も珈琲を淹れる気も起き
てはくれなかった。

何時も朝食を作ってくれる彼女が起きるまで
仮眠程度に寝ておこうかと、オタコンは大き
な欠伸を洩らしながら踵を返す様にして出て
来たばかりの部屋へと歩みを戻した。



決して厚いとは言えない壁で仕切られたノー
マッド内には、誰かがドアを開けた音が響い
ていた。

眠りが特別深い訳では無い彼女がそんなドア
の音で目を覚ます頃、時刻は早朝になったば
かりを示していた。

ふわりと軽い欠伸を洩らして見せながら、乱
れた長い髪を適当に結い上げる。

ちらりと隣で眠るサニーに目を向けた彼女は
捲れたブランケットを掛け直してあげながら
柔らかい笑みを浮かべては、決して軽くは無
い腰をベッドから上げて部屋を後にした。

大きな音を立てて開いた、ちょっぴり近未来
的なドアは機能ばかり近未来に近付いている
だけであって、音は未だに置いていかれたま
まになっている。

これではサニーを起こしてしまう、だなんて
愛娘を思う様な感覚に彼女は幾分歳を取った
ものだと苦笑して見せた。

広間として使われている広い空間には、オタ
コンのパソコン機材やスネークの装備品など
が無造作に置かれている。

そんな中、備え付けられた予備の担架の上で
眠っているスネークが目に入り、彼女は呆れ
る様に吐息を洩らした。

「風邪引いちゃうわよ」

機内だからと言って油断もしていられないだ
ろうと、身体を丸めて眠っているスネークの
身体にブランケットを掛ける。

先程サニーにも同じ事をしたばかりだと、何
だか不思議な感覚に囚われている彼女を他所
に、スネークはちらりと薄眼を開けたまま自
分を見下ろしている彼女を見つめた。

「桃...?」

ブランケットの間から伸びて来た逞しい腕は
宙を彷徨った挙句、彼女の華奢でいて小さな
手を優しく握って離さない。

「朝食が出来たら呼ぶわね...傍に居るから大
  丈夫よ、スネーク」

此処数ヶ月の間に、色々な事が目紛しく起こ
っていた。

現場に居た訳ではなく、此処ノーマッドにて
医師の一人としてサニーと共に二人の帰りを
待っていた彼女の立場からでは何か軽率には
声を掛けられない状況だった。

けれど、スネークが苦しんでいる事を理解し
ている彼女は当たり障りが無くスネークが少
しでも安心出来る言葉を紡ぐ事しか出来ない
のだ。

彼女の言葉にそれ以上返事を返さなかったス
ネークは、身体に掛かったブランケットを首
まで引っ張り、ゆっくりと瞼を閉じた。

そんなスネークを見届けた彼女はテキパキと
身支度を済ませてしまうと、階段上直ぐに設
置されているキッチンへと歩みを向けた。

カンカンと音を鳴らしながら階段を登り、キ
ッチンを前にした彼女は朝食を何にしようか
と数少ない食料が保存されているダンボール
の中身を覗き見た。

幾分、このまま行けば大丈夫だろうかとダン
ボール内に綺麗に仕舞われている卵を数個手
に取ったそんな時。

「おはよう...起きたら、居ないから」

寝惚け眼の柔らかい声に振り返って見れば、
先程まで隣で気持ち良さそうに寝息を立てて
眠っていたサニーの姿があった。

起きて直ぐ、隣に彼女の姿が無かった事が気
に入らなかったのか何処か不貞腐れた様にし
て唇を尖らせる。

「ごめんね、今から朝食を作るんだけどサニ
  ーも手伝ってくれる?」

用意していたフライパン片手に微笑み掛けて
みれば、やはり何処か不服そうだったサニー
も彼女に向かって頷き返した。

身支度を済ませた彼女達は狭いノーマッドの
キッチンに二人肩を並べて、早速朝食作りへ
と取り掛かった。

サニーがサニーサイドアップ占い称する目玉
焼き占いをしている間、彼女は分厚いベーコ
ンを丁寧に包丁で切り分けフライパンへと綺
麗に並べて焼いていく。

パチパチと油の跳ねる音と共に、ノーマッド
内には相応しくない平和でいて家庭的な香り
が広がった。

「見て、桃が...教えてくれたから」

嬉しそうに呟くサニーに笑みを返しながら、
彼女はちらりと目玉焼きの入ったフライパン
の中身を覗き見る。

何度も練習している成果が出ているのか、以
前に比べれば幾分綺麗に焼けている四つの目
玉焼きがフライパンの上でふわふわと白い湯
気を立てた。

「上手ね、後は盛り付けて置くからスネーク
  とオタコンを起こしてあげて」

彼女の言葉を合図に、意気込む様にして頷い
たサニーは一歩一歩着実に地面を踏みながら
段数の少ない階段を降りて行く。

そんなサニーを見送った彼女は、綺麗に焼か
れた目玉焼きやベーコンをゴムヘラで切り分
け真っ白な陶器皿へと盛り付けていった。

今朝は上空の気温が低下しているのか、何時
になく小寒い様な気がするのだ。

奮発と言っても大したものではないが、粉末
状のコーンスープをマグカップへと入れ温め
ておいたお湯をコポコポと音を立てながら注
いで見せた。

少しすれば階段下から、スネークを起こすサ
ニーの声が聞こえてくる。

ふわりと欠伸を洩らしながらも、まるで実の
娘を可愛がるかの様に笑みを溢したスネーク
はどうやら既に席へと着いているらしい。

ガサガサと新聞を広げる音に耳を傾けながら
盛り付けの済まされたお皿を手に階段を降り
スネークの待つ、背の低いテーブル前へと彼
女は歩みを進めた。

「スープ、お湯を注いだばかりだから飲む時
  は気を付けてね」

「あぁ...オタコンはまだ寝てるのか」

新聞越しにそう言うスネークの言葉に反応す
る様に、サニーは慌てて座っていた身体を立
ち上がらせる。

彼女はそんなサニーに苦笑しながら、自分が
起こしに行くから先に食べていて欲しいと声
を掛け、歩みをオタコンの部屋へと向けた。



重たい銃声が鳴り響き、遠くから地鳴りにも
似た機械音が鼓膜を震わせた。

振動する地面から身体が離れてしまわない様
にと必死に足を踏ん張らせて見るが、生憎軽
い身体は最も簡単に宙へと浮いてしまうのだ。

明るい光線が闇を切り裂き、真っ暗な空の彼
方に光を灯した時。

自らの手の中にあった大切な人達は呆気無く
消えて行ってしまう。

行かないでくれ、一人にしないでくれと声を
張っても届く筈の無い事実から目を逸らす勇
気すら湧かなかった。

最後に、何時もと変わらない優しく柔らかい
笑顔を向けながら光の中に消えて行こうとし
ている彼女の姿を捉えた。

慌てる様に華奢な手首を強く掴んで見せるの
に、その手は簡単に透き通ってしまう。

ドクドクと怪しい鼓動の響き方に、幼き日の
事や今迄失ってきた大切な物の全てを見いだ
してしまう為、既に呼吸は危うい状態だ。

「オタ...コン、オタコン?」

遠くから聞こえてくるスネークが名付けてく
れた"オタコン"と言う聞き慣れたあだ名にオ
タコンは勢い良く目を覚ました。

「は...あ、夢か」

額を伝う冷や汗を拭いながら、先程まで鼓膜
を破らんばかりに聞こえていた重たい銃声や
機械音の代わりに薄い壁の向こうから他愛も
無い、スネークとサニーの声が聞こえてくる。

ナオミとの出来事があってからと言うもの、
オタコンは度々自らの大切な人達を失ってし
まう決して良いとは言い難い悪夢を見る様に
なっていた。

夢だと分かっているのにも関わらず、起きて
直ぐには夢であった証拠を自分の目で確かめ
なければ気が済まない様になってしまってい
たのだった。

「うなされてた...大丈夫よ、私は此処に居る」

ちらりと自らを呼んでいた彼女の存在を確認
したオタコンは、安堵を精一杯の溜息で表し
ながら彼女の華奢でいて簡単にも壊れてしま
いそうな小さな身体を思い切り抱き締める。

サイドテーブルに置いたままになっている眼
鏡の存在が頭の片隅に浮かんだが、オタコン
は敢えて眼鏡に関しては何も触れなかった。

彼女の身体を抱き締めているのだと言うのに
背中に回された小さな手はトントンとリズム
を刻みながらオタコンを宥めるのだ。

「ごめん、もう少しだけこうして居て欲しい」

か細い声でそう言ったオタコンは、彼女の肩
に顔を埋めながら鼻を掠める柔らかい柔軟剤
の香りにゆっくりと目を細めた。

オタコンの大きな背中に手を回した彼女は、
手の平でリズムを感じては自らの肩に顔を埋
めているオタコンの姿に苦笑を洩らす。

「貴方に良い話をしてあげる」

「良い話?」

くぐもった声で返事を返しながら、オタコン
は彼女の話がどういった物なのだろうかと興
味本意に伏せていた顔を少しだけ上げて、ち
らりと彼女の横顔を盗み見た。

「日本には四季が有る事を知っているでしょ
  う?」

「うん...聞いたことあるよ」

「私が一番好きな季節はね、ハルって言うの」

"ハル"と彼女の口から呟かれた言葉はオタコ
ンの耳から中々離れてはくれなかった。

「僕の名前と同じじゃないか...」

「そうよ、ハルは暖かくて優しい季節なの」

「でも、それがどうしたんだい?」

不思議に首を傾げて見せるオタコンだったが
そんなオタコンに構う事無く、彼女はゆっく
りと身体を離していった。

「どうって事は無いんだけど...貴方を見てた
  ら、ふと思い浮かんだってだけよ」

彼女の言葉に勿論意味などある筈は無く、咄
嗟に思い付いた気紛れでいて他愛も無い話だ
ったが、オタコンにはどうやら何か思う所が
有った様なのだ。

踵を返す様にしてオタコンの座るベッドの傍
から身体を離した彼女は、踵を返す様に歩み
を入り口であるドアの方へと向けた。

「もう一度...もう一度だけで良いからハルっ
  て、君の口から聞かせてくれないか」

そう言ったオタコンの言葉に彼女は精一杯の
笑みを浮かべながら呟く様に口にするのだ。

「好きよ、ハル」

日本の四季である"ハル"の事なのかオタコン
を表す"ハル"なのかはオタコンにとって今は
どちらでも良かった。

朝食が冷めてしまうのだと言いながら部屋を
出て行く彼女の後ろ姿を見つめては、自分の
名前をこうして呼んでくれる彼女だけでも失
わない様に、と心に誓うのだ。



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「スネーク、二人は...中々来ないね」

「冷えてしまう前に先に食べてたら良いさ、
  今日のオタコンはどうやら甘えたらしい」

「甘えたって、なぁに」

「サニー、煙草が吸いたいなぁ...駄目か?」

「駄目」

「今のもある意味、精一杯の甘えたなんだが
  な...サニーには通用しないか」

「?」

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