DREAM

□11.Chamomile tea and moon
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11.MGS:2 OTAKON

寒さでコテージの木柱が軋む様に音を鳴ら
している真夜中、彼女はふと何かを感じる
様にして目を覚ました。

ゆっくりと身体を起こして隣を見てみると
狭いのだと散々文句を言っていたのに、何
処か気持ち良さそうに眠っている恋人の姿
に深い吐息を洩らして見せた。

恋人であるスネークの大きな身体を押し退
けて、ベッド傍に置いておいたオーバーサ
イズのカーディガンを羽織り直す。

冷たい足を冷やさない様にと、分厚い靴下
の上からもこもことした小動物にも見える
スリッパに足を通した。

スネークを起こさない様に慎重に歩みを進
めながら、ゆっくりと寝室を抜け出しリビ
ングへと歩みを進めるが既に人気はあらず
薄暗い闇に包まれてしまっていた。

ふわりと欠伸を洩らしながら、ダイニング
テーブルに置かれている時計を確認すると
時刻はまだ日付けを変えてから一時間程し
か経っていなかった。

それでも、同居人であるオタコンがつい先
程まで此処に居たのだろう。

其れを証拠付ける様にして、まだ暖かみを
帯びている暖炉が彼女をそっと見つめてい
る様だった。

背中を撫でる隙間風に寒さを感じてしまう
為、彼女は消されたばかりの暖炉に近付き
ながらカーディガンの前を手繰り寄せた。

室内との温暖差にて発生している結露を手
の平で半ば無理矢理に拭い取り、窓の外へ
と目を向けた。

明るく白い光を放ち、窓の外を一身に覗く
彼女を照らしている月は珍しくも真ん丸な
円を描いている。

「桃ちゃん...?」

弱々しくいて、何処か遠慮気味に言われた
自分の名前に振り返った彼女の前には同居
人であるオタコンの姿が有った。

「ハル...起こしちゃった?」

自らを照らす月明かりに背を向けて、視線
をオタコンへと移した彼女は申し訳無さそ
うに呟いた。

そんな彼女の言葉に先程までの弱々しい雰
囲気を取っ払い、笑みを浮かべて見せたオ
タコンは着古されたスリープガウンの前を
彼女と同じ様に手繰り寄せながら、消され
たばかりの暖炉に火を灯した。

「大丈夫だよ、さっきまで研究の続きをし
  ていたんだけど...中々集中出来なくてね」

暖炉内へと無造作に敷かれている薪に火が
灯ると同時に、オタコンは手に持っていた
マッチの残り火を自らの吐息で吹き消した。

「カモミールティーでも入れましょうか...
  お湯を沸かすから、座って待っていて?」

「こんな時間に起きてるなんて珍しいじゃ
  ないか...どうしたんだい?」

オタコンは彼女に言われた通り、ダイニン
グテーブルに備え付けられた長椅子へと腰
を下ろすと、早速ポットへ水を注ぐ彼女の
小さく華奢な背中へと語り掛けた。

「貴方とカモミールティーが飲みたくて、
  目が覚めちゃったみたいなの」

「相変わらず、ズルい言い方をするなぁ...」

頬杖を着きながらそう言うオタコンに笑み
を浮かべた彼女は用意したポットをコンロ
の上へと移動させた。

ポットを置いたガスの元栓をカチャンと回
し、火が灯った事を確認した彼女はオタコ
ンの座る向かいへと腰を下ろした。

「満更冗談でも無いんだけど、こうして二
  人切りで話すのは久しぶりだから何だか
  変な感じがするわ」

「時々はこういう時間を作らないと、スネ
  ークと男二人で交わす会話なんて限られ
  てくるからね」

会話を遮る様にして、ポットに入れていた
お湯がグツグツと沸騰する音が聞こえる為
彼女は座ったばかりの腰を上げた。

オタコンが設置し直してから、喜ばしい事
にお湯が沸くのが幾分早いのだ。

今はケトルなんて素晴らしい物も出回って
いるが、彼女にはそんな物など必要なかっ
た。

沸いたお湯をティーカップにコポコポと注
ぎながら、カモミールの乾燥花弁をポロポ
ロと入れていく。

暖かい湯気を立てるお湯と乾燥花弁が混ざ
り合い、カモミールの柔らかく優しい香り
が辺りに立ち込めた。

ティーカップを持ち上げ、振り返った頃に
は既にダイニングテーブルから離れてしま
っているオタコンは窓の外へと目を向けて
いた。

「今日は綺麗な満月でしょう?」

可愛らしい花弁の浮いたティーカップを差
し出してみると、オタコンは早速手を伸ば
して受け取った。

「月まで、3日も有れば行けるって話は知
  ってるかい?」

「3日...っていう事は、そんなに遠く無い
  ものなのね」

自らが持っていたティーカップに口を付け
ながら言う彼女を横目にオタコンは苦笑を
洩らして見せた。

3日も掛かる距離を遠くは無いと判断して
しまうのは、彼女らしいとすら言えるのか
も知れない。

明るい月の光が辺りを覆う白い雪に反射し
夜だと言うにも関わらず、嫌に眩しかった。

そんな眩しい光から目を逸らし、鼻を擽る
柔らかいカモミールの香りに翻弄される。

こくん、と喉を鳴らしながら飲んだカモミ
ールティーは其の柔らかい香りと共に彼女
の優しさも含まれている様だと、オタコン
は深い吐息を吐き出した。

「1961年4月12日、ガガーリンはボストー
  ク3KA-2で世界初の有人宇宙飛行に成功
  したんだ...僕が生まれる20年も前の事さ」

「地球は青かった」

「だが神は居なかった...今では誰もが知っ
  ているガガーリンの有名な言葉だね」

「神は居なかったって言うのは、ガガーリ
  ン自身が神を肉体的に存在するものだと
  過程していたから...かしら?」

すんなりと言われた言葉に驚いたオタコン
は、真ん丸の月を見上げている彼女の横顔
を見つめてみせた。

月明かりから放たれ、白い雪に反射した輝
かしい光が彼女の横顔をより一層美しく見
せている様だった。

「そうだね...ガガーリンの信仰していた宗
  派も有るんだろうけれど、月に行った本
  人がそう言ってるんだから神は居なかっ
  たんだよ」

「自分の目で見なきゃ、何も確信なんて持
  てないわよね」

あっけらかんに言い放った彼女に、ここま
での見解をさせておいて何を言っているん
だと苦笑を洩らす。

けれど、やはり医師であり研究者である彼
女らしい意見の様な気がして、さっきまで
洩らしていた苦笑は自然と笑みに変わった。

夜も更けてきたそんな時、スネークと彼女
の寝室である重たいドアがゆっくりと開く
と同時にスネークが顔を出した。

寝惚け眼に目を細めながら、窓際に並び月
を見上げる彼女とオタコンの姿を目に入れ
ると、スネークは呆れる様に髪をかきあげ
て見せた。

「こんな夜更けにまで、月の考察か?」

「デイブ、貴方もカモミールティー片手に
  ガガーリンの心境について語りましょう」

スネークの返事も待たないうちに歩みをキ
ッチンへと向けた彼女の背中を見送りなが
ら、オタコンは相変わらず嬉しそうに笑み
を浮かべたままだった。

「心境も何も、見たものが事実であり史実
  だろうよ...」

白銀の世界にぽつんと建てられた大きなコ
テージには、柔らかく暖かい灯りが灯る。

部屋の中に充満するカモミールの香りが、
今夜も良く眠れる理由となるだろう。

などと、三人が共にこの下らない討論の中
で見出した平和な時間に胸を焦がすのだ。



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「俺が寝ている間に二人きりで...か」

「嫌だな、僕に嫉妬なんてしないでくれよ」

「オタコンに嫉妬をしてる訳じゃ無いさ」

「その割には、気に入らないって顔に書い
  てあるけど?」

「俺は頭を使う事にめっきり弱いからな...
  その点に関しては、妬いてるんだろうよ」

「スネーク、君も素直じゃないなぁ」

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