DREAM

□12.Strongly in front of you
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12.MGS:4 OTAKON

何かを察する様に目を覚ましたオタコンは、
ふわりと欠伸を洩らしながらサイドテーブル
に手を伸ばし眼鏡を手に取った。

枕に頭を押し付ける様にして寝ていた為か鳥
の巣の様になってしまっている髪を気休め程
度に手櫛で誤魔化して見せる。

寒いから、と彼女が用意してくれた分厚い靴
下の上から半ば無理矢理にスリッパを履いた
オタコンは着古し、ヨレヨレになってしまっ
たニットガウンの前を引き合わせながら部屋
を後にした。

オタコンの気配に反応した人体感知LEDは
暖かいオレンジ色の光を放ち、リビングへと
繋がる長い階段を照らしていた。

部屋を出る際にちらりと目に入れた時計の針
は未だ朝方の5時過ぎを指していた。

普段ならば決して目が覚めないであろう時間
を示していた事をオタコンは知っていた。

冷たい階段を降り、物静かなリビングへと顔
を出すと暖かい空気がオタコンを迎えた。

踊場とは比べ物にならないリビングの暖かさ
に安堵の吐息を洩らしたオタコンは独りでに
燃える暖炉の前へと半ば急ぎ足で向かって見
せた。

冷えた身体を温めようと暖炉の前を陣取った
時、何気無く視線を向けた窓の外に広がる白
銀の世界にぽつんと立ち尽くす彼女の姿が在
った。

銀色のバケツを軽々しく片手で持っている辺
り、どうやらスネークが世話担当を任されて
いる猟犬達に餌を与えた後なのだろう。

彼女が戻った時、直ぐにでも暖を取れる様に
と考えたオタコンは歩みをキッチンへ向けた。

何処か此の家には不釣り合いにも見える最新
型の電気ケトルを手に取ったオタコンは、ド
ボドボと水道水を注いで見せた。

スネークとサニーが街に出掛けた時、彼女が
欲しがっていた物があったのだと此の家にや
って来た最新型の電気ケトル。

大層喜んでいた彼女にとって、電気ケトルの
登場はある意味革命だったのかも知れない。

水の一杯になった電気ケトルの蓋を閉め専用
器具にセットしてしまえば、後は数分待つだ
けだ。

顔を上げてみると、先程まで猟犬小屋の方を
向いていた彼女の後ろ姿が見当たらない。

が、真っ白の雪に埋もれる様に投げ出された
銀色のバケツは寂しそうにオタコンの助けを
待っている様だった。

嫌な予感とは此の事を言うのだろうかと既に
沸き始めている電気ケトルを他所に、裏口か
ら飛び出したオタコンはスリッパのまま雪の
中に足を埋めた。

バケツが寂しそうに埋もれている場所まで遠
くは無かったが、傍に倒れている彼女の姿を
見つけると心臓が止まりそうになった。

「桃...!」

僕はこんな大きなにも声が出るのか、と自ら
発した声量に驚いているオタコンの叫び声が
遮る物の無い、辺り一面に響き渡った。

自分を呼ぶオタコンの大きな声に驚いた彼女
は閉じていた目を開け、勢い良く飛び起きた。

発した本人ですらその声量に驚いているのだ
呼ばれた彼女は最も驚いていた。

「ど、どうしたの...」

自らを心配そうに見つめるオタコンの姿を見
上げながら、彼女は首を傾げた。

「君がこんな所で倒れてるから...僕はてっき
  り何かあったんだと!」

わなわなと震える様に怒りを表すオタコンの
足元は、生憎スリッパのままである。

踝まで埋める雪はオタコンの足を取り、スリ
ッパの色を変えてしまう程にじわじわと生地
を濡らしていた。

自分の事を思い、何も考えずに駆け出して来
てくれたのだと分かった彼女は嬉しさから笑
みを洩らして見せた。

「雪に足を取られちゃって...でも、見て」

「見てじゃないだろう、僕がどれ程...」

まるでオタコンの話に聞く耳を持たない彼女
は冷え切っているオタコンの大きな手をそっ
と握り、引き寄せた。

意外にも強く引っ張られてしまったオタコン
は彼女の隣にドサリと尻餅を着いた。

尻餅を着くと同時に繋がれたままの手を引か
れてしまう為、その場に倒れたオタコンの視
界には自然と朝空が飛び込んだ。

寒さのせいか霧が掛かっている様に見えるが
風が吹く度に場所を変える霧の合間から澄ん
だ朝空が広がっていた。

雲一つ無い朝空には早朝の為か、薄付いた月
が此方を見下ろしていた。

ちらりと隣に目を向けると、同じ様に其の場
に寝そべり朝空を見上げている彼女の綺麗な
横顔が目に入った。

朝空などとは比べ物にならない程、彼女の方
が綺麗だと思ってしまった自分に苦笑を洩ら
したオタコンは繋がれたままになっている彼
女の小さな手を強く握り直した。

「綺麗でしょう?」

ぽつりと呟いた彼女の言葉通りにオタコンの
目にしっかりと入っている朝空は堪らなく綺
麗だった。

綺麗だけれど君の方が綺麗だと僕は思うなん
て一言ですらオタコンには言えないのだから
仕方が無かった。

もどかしい気持ちを心の隅に残したままオタ
コンは渋々、朝空が綺麗だと言う彼女に同意
した。

「こんな風に、空を見上げた事は無いよ」

「下ばかり向いて歩いて来た?」

「その通りさ...上を向いて堂々と歩ける様な
  事は出来たりしなかった」

今迄、自らが関わってきた様々な出来事を思
い出として片付けてしまう事などオタコンに
は到底出来なかった。

だからこそ、こうして空を見上げる様な余裕
など無かったが為に今は幾分有意義な時間な
のだと改めて実感するのだ。

思い出と言うには相応しく無い記憶に更けて
いるのだと、空を見つめるオタコンの真剣な
横顔から感じ取った彼女は柔らかい笑みを洩
らした。

「身体が冷えちゃうわ、私を迎えに来てくれ
  たんじゃなかったの?」

「そうだよ、君と紅茶を飲もうと思っていた
  んだ...お湯はもう沸いてる」

一足先に身体を立ち上がらせたオタコンは雪
に身体を取られ中々起き上がる事が出来ずに
いる彼女の身体を半ば無理矢理に抱き上げた。

ふわり、と浮いた感覚が彼女を襲うと同時に
オタコンは彼女の華奢な身体を落とさない様
にと抱き上げている腕に力を入れ直した。

「逞しくなったわね、ハル」

「馬鹿言わないでくれ...僕だって男だよ」

何処か自慢気に歩みを進めるオタコンの胸に
頬を寄せた彼女は嬉しそうに微笑みながら、
ゆっくり目を閉じた。

冷たい風が幾分彼女の頬を撫でて消えたがそ
んな風以上にオタコンの身体は暖かかった。



彼女の身体を抱えたまま無理矢理に裏口のド
アを開けたオタコンは自らの足元に目をやり
進め掛けていた歩みを止めた。

分厚い靴下の上から押し込んで履いていたス
リッパだが、今ではそんな分厚い靴下までも
がぐっしょりと濡れてしまっていた。

フローリングを汚してしまうという行為が嫌
に気を引かせたが、暖を取る為には仕方が無
いとオタコンは止めていた歩みを進め直した。

暖炉前に敷かれた絨毯を固定する様に無造作
にも置かれている一人掛け用ソファへと彼女
の華奢な身体を下ろす。

するりと離れていくオタコンの暖かい身体に
寂しさを感じながらも、彼女は大人しくソフ
ァへ身を収めた。

「これで風邪を引いたらどうするんだい...?」

「でも、空が綺麗だったから良いでしょう」

「僕は君の身体の心配をしているんだ...ほら
  濡れてるんだから脱いで」

半ば無理矢理に彼女の羽織っている分厚いカ
ーディガンを脱がせて見れば、付いて来た雪
溶け水がボタボタと音を立て絨毯を濡らした。

が、見て見ぬフリをして見せたオタコンは相
変わらず彼女のカーディガンを手にしたまま
今度は放ったらかしにしていた自らの足元へ
と目を向けた。

「私は貴方が心配よ」

柔らかい苦笑を浮かべた彼女は座ったばかり
の腰を上げ、入れ替わる様に今度はオタコン
をソファへと無理矢理に収めた。

今朝ばかりは男らしい所を披露して見せよう
と思っていたオタコンであったが、やはり儚
い夢に過ぎなかったのかと水気を吸い重たく
なってしまったガウンに手を掛けている彼女
へと視線を向けた。

「こんな所をスネークにでも見られたらまた
  役立たずかと馬鹿にされるよ」

「あら...役立たずだなんて事、デイブは思っ
  てないわ」

「じゃあ何だい、君は僕を比べるだろう」

「唯、貴方の方が家庭的だって言いたいのよ」

戦地へ赴き、メディックとしての務めを全う
してきた彼女の言葉は慰める所かオタコンの
気持ちをより一層虚しくさせる様だった。

家庭的などと言う言葉を男に掛けるなんて非
常識だ、と言ってしまいたいオタコンであっ
たが何せ彼女が相手になってしまえば反論な
ど出来る筈も無かった。

「家庭的、か」

彼女の前だけでも、スネークの様な男らしい
姿を見せたいのだと考えていたオタコンの事
など彼女は気にも留めていない様だ。

「なぁに、気にする事なんて無いわ」

「僕はスネークみたいにはなれない...でも、
  君の前では男らしくって思うんだ」

こうして会話を交わしている間にも、濡れて
しまったガウンに続いて靴下やスリッパまで
もを奪われる。

彼女はオタコンから奪った洗濯物を抱えて見
せながら、ふと何かを思い出したかの様に動
きを止めた。

「ハル、貴方は気付いてないかも知れないけ
  れど...私の前では充分男らしいわ」

「それってどう言う...え?」

どう言う意味なのかと聞きかけた時、ふと頭
に過った聖夜の事を思い出したオタコンは茹
で蛸の様に顔を真っ赤にして見せた。

そんなオタコンの気持ちなど他所に、まるで
幼く悪戯っ子の様な表情を浮かべた彼女は洗
濯物片手にキッチン内へと逃げ込んだ。

「貴方って、その手に関しては分かりやすく
  反応するんだから笑っちゃうわ」

「僕だって成人男性で...な、なんだって言う
  んだ」

相変わらず頬を赤く染めながら、キッチンへ
と逃げ込んだ彼女を追いかける様にして距離
を詰めたオタコンは、カウンターテーブルに
ぐいっと身体を乗り出した。

何処か必死になっているオタコンの頬へと手
を伸ばした彼女は触れるだけのキスを落とす。

それだけでも驚いた様に身体を強張らせたオ
タコンは幾分熱を帯びた自らの唇を指先でな
ぞって見せた。

「貴方は貴方だもの、今のままで良いの」

「君だって...男らしい僕の方が良いだろう?」

「関係無いわよ、貴方である事に意味がある
  んだから」

「そんな風に言われたら僕が反論出来たりし
  ないって分かってるくせに...君はズルいよ」

勇気を出すと言う感情に似た様なものを感じ
ながら、オタコンは彼女の小さくて華奢な手
を握って今度は自らキスを降らせた。

自分からキスを降らせようと思う場面は今迄
数え切れない程に存在していたオタコンだが
いざ、実行に移す事は片手で数えられてしま
うくらいにしか出来ていなかった。

ゆっくりと可愛らしい音を立てながら離れて
いった唇に意識をしている暇など無い程に強
く鼓動を速める心臓の音が今は唯々煩いとす
ら感じてしまうのだ。

俯いていた視線を彼女へと戻したオタコンは
今迄見た事が無い、艶っぽく何処か可愛らし
い照れ笑いを浮かべる彼女の表情に既に煩い
心臓の音を余計に速めて見せた。

これは不味い、そう思った頃には既に掴んで
いた彼女の手を引いてキッチンを後にしてい
る最中だった。

未だ洗濯物を抱えている彼女の手を引く自分
がろくに衣類を身に付けていない事に苦笑を
洩らしながらも、どうせ脱いでしまうのだか
ら関係が無いなどとオタコンらしくもない戯
言を考える。

「ハル...ちょっと、何処行くの」

「まだスネークもサニーも起きては来ないか
  ら...大丈夫」

伸びてきた決して逞しいとは言えないオタコ
ンの腕は彼女の華奢な身体を抱き上げ、離さ
なかった。

抱き上げた衝撃で手から離れて行った洗濯物
が床に広がり、寂しそうに彼女を見つめてい
る様にすら見える。

「こんな朝早くから何を言ってるの...洗濯物
  や紅茶はどうするって言うのよ」

「それも全部後だ...悪いけど、僕を見くびっ
  てもらっちゃ困るよ」

半ばズレ掛けた眼鏡の隙間からこちらを真っ
直ぐに見つめるオタコンの視線に、彼女は胸
を射抜かれてしまうのだから仕方が無い。

抗っても意味など成さない上に、これから行
われるであろう出来事に期待してしまってい
る彼女はそれ以上の抵抗を辞めた。

将又、オタコンは大人しく自分の腕に抱かれ
ている彼女のほんのり赤みがかった頬に目を
移しながら、ドクドクと響いて消えない心音
が彼女にバレてしまわない様にと必死になっ
ている。

時刻はあれから一時間も経っていない、曇っ
た窓硝子の向こうは相変わらず薄暗く太陽で
すら、まだ眠っている様だ。

一日の始まりはこれからだと言わんばかりに
オレンジ色の電球に照らされた寝室のドアを
オタコンはゆっくりと押し開けた。


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「スネーク、大きくなっても誰かと一緒に寝
  て良いの?」

「急にどうしたんだ...」

「ハル兄さんと桃がね、その...」

「見たのか?」

「良く分からないけれど、仲良く寝てたから」

「まぁいいさ、大人でも時には子供に戻りた
  いと願う時がある...それまでのことだ」

「じゃあ...私も今夜桃と寝て良い?」

「あぁ、桃に聞いてごらんよ」

「うん...!」

「オタコンが首を縦に振れば、だがなぁ...」

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