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□尚望む
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「私は行かねばならない。貴様を振り返っている暇はない」
「ええ、お行き下さい」
言葉どおりに、三成様は背をむけたままだ。
ごうごうと燃える火が、せめてその背を染めんとばかりに赤く照らす。
照らすことしかできない炎と同じで、私は梁の下から半ば身を覗かせるばかりだ。
足が動かない。というか感覚がない。挟まれていない左手で探ればぬるりとした感覚がした。おそらく潰され、ちぎれたか。
それでもいい。ここにいるのが前を向く三成様ではなかったから。
三成様は珍しく苦戦した。敵将を討ちとり、その場を後にしようとしたところで、満身創痍な体に向かって焼けた天井が降ってきたのだ。とっさに三成様に当て身を食らわせたら、うまく身代わりになった。
石田三成様は人望がないだ、狭量だのいわれる方だが言い方を変えれば不器用で真っ直ぐだということ。死に急ぎさえしているようなこの方の力になりたいという者は大谷様を筆頭に意外と少なくない。
そのことを知らないのは恐らく、目の前の復讐しか見えていない本人だけだ。
「あなたはこのようなところで立ち止まってよい方ではありません」
梁の下敷きとなり、焼かれるが先かか煙に巻かれるが先かとすでに行く末が知れている自分も心底この方に惹かれ、生かしたいと思っている一人だ。
この方のために死ぬことなど厭わない。
櫛のはが欠けるように、戦場を駆けるうちにこの方に従う兵は確実に少なくなっていた。
命あるまで共にあろうと仕えてきたが、いざそのときがくるとなると諦めと悔しさが募り、なかなか潔い気持ちにはなれないのだと知った。
先に逝かれた大谷様もこのような気持ちだったのだろうか。