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□木人
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柑橘に似た香りが湯気とともに室内に流れる。今日できあがったばかりのピールを入れた紅茶のものだ。
香ばしい焼き菓子とともにテーブルに並ぶ。
「もう少しいかがですか」
「いや、長居は無用。某はそろそろ失礼致す。」
もぐもぐと口を動かしながら、若い旅人は立ち上がった。
「あまり人が来ることがないので引き止めてしまいました。どうかお気をつけて」
「道に迷ったところ親切にしていただき真に感謝致す。近くに立ち寄るときには必ずやご挨拶に伺いましょう!」
半里南に行ったところに街があることを伝えると旅人は再度礼を言って出て行った。
名無しさん は森の番人だった。 森で一番大きな木の側に居を構え、 先祖代々広大な森を守っている。
とは言っても、 名無しさんは先日番人になったばかりだ。両親が流行病で急逝してしまい、その仕事がなんたるかも分からないまま番人になっている。
仕事といえば、先ほどのようにたまに迷い込んでくる旅人を案内するくらいだろうか。
トントン
「はい」
「われよ」
「あ、吉継さん。こんにちは」
がちゃりと躊躇いもなく扉を開けると、男はわずかに眉をしかめる。
「易々と開けるでない。誰が立っているかわからぬものよ」
男は大谷吉継。 名無しさんの亡き両親の古くからの知己である。両親亡き今、残された娘を気にかけてか、ちょくちょくと 名無しさんの様子を見にくる。
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