Novel

□You drive me crazy
2ページ/3ページ


「林檎みたいに真っ赤だな」

 鼓動が膨れ上がり全身が痺れたように騒めく。ただ近付かれただけでこの様だ。これでは談笑は疎か閑談さえも難しい。彼は小さく笑みを零すと窮する私に片翼を伸ばした。何処か蠱惑めいたその動きに生唾を呑んだことを彼に気取られてないだろうか。

「聞かせてみろ、何を考えていた」

 頬へ添えられた翼の感触を強く意識する。根負けするのも、堕ちるのも自分。薄く開いた嘴から恋情を含んだ吐息が漏れ、冬の薫りが纏わりつくというのに熱くて堪らない。熱病に浮かされたように頭の芯が揺れ動く。

「……隊長の、ことを……き、綺麗、だと……」
「ほう」

 ここで嘘をつける程、私の肝は太くない。しかし馬鹿正直に伝えるのは躊躇われた。顔色を窺った限り機嫌を損ねてはいないようだが彼は利に聡い、伏せ札はあると見透かされているだろう。夜の帳を映した澄み渡る双眸に瞬きするのも煩わしく思えた刹那、その眼差しが妖艶に翳り息を呑む。

「あ、の……」
「準備は」

 準備? 準備とは何のことだ? 熱に翻弄された頭の内で、背筋を擽る声が反響し思考が纏まらない。私の当惑を察したのか彼は幾分表情を和らげる。

「深呼吸しろ」
「しん……、……っ、」

 言わんとすることを理解して、思い至らなかった愚鈍さに呆れる一方、歓喜と疼きを煽られ翼先が戦慄く。落ち着け、コワルスキー。彼は何と言った? そう、深呼吸だ。難渋ではない容易な行為。瞑目し言われた通り深く息を吸う。そして吐き出し終える前に、柔らかい感触で口を塞がれ、心臓が跳ね上がった。



次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ