Novel

□You drive me crazy
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「んむぅっ!? ふ、っ……!」

 反射的に見開くと彼は悪戯な笑みを瞳で形作り、割り開いた嘴へ熱く滑る舌先を潜り込ませてくる。口腔にねっとりと甘香を振り撒く肉厚な舌は、極上のラム酒漬けのようだ。

「ちゅる、……ん、」
「んん! うっ、たいひょ、……ぅ、んむっ」

 息継ぎも儘ならない中、上顎を擽るようになぞられ、舌を吸われ、濃密に絡められていく。流し込まれる唾液に溺れてしまうと喉を鳴らせば、甘露が胃の腑へ駆け下り陶然とした。噎せ返る程の色香。気を抜けば腰が砕けかねない。

「くぷ、ちゅ、ふ……、れる、」
「んぐっ、ぅ……! んっ、くっふ、ぁ、んうう……!」

 彼に比べ自分の聞き苦しさときたらなんだ。奇妙な声を喉から溢れさせ目も当てられない。いよいよ腹の底に渦巻く禍々しい欲が首を擡げ、このまま貪り続けられるとまずいと危惧した矢先、謀ったように口が離れた。星明かりを吸う糸がぷつりと喉元へ滴り、立っているだけの力を失った膝が地に落ちる。

「ぁふッ、……はぁ、はぁ、は……っ」

 これだけ熱の籠もったキスの後は睦み言の一つでも交わすべきなのだろう。しかし私は乱れた呼吸を整えるのに精一杯で、惚けたように彼を見上げることしか出来ない。

「実に新鮮な反応だった、生娘かと思うぐらいにな。それとも本当に経験がなく、俺が奪ってしまったのか」

 樹木や枝葉が月光を背に幻想的な影絵の世界を作り出す。口元を笑みの形に吊り上げる彼は書物に出てくる夢魔の類ではないかという程魔性を湛えていた。

「フフン、だが問題ないだろ? 返せと言われても困るがお前の様子を見る限り、不満があるとは思えんしな」

 全くもってその通りだ。彼は前屈みになりたおやかな手付きで私の両頬を包み込む。

「そろそろ時間だ、お前も連中に不在を気付かれたら厄介だろう。じゃあな、コワルスキー。――続きはまた、いずれ」

 これ以上ない甘毒を含んだ言葉を最後に彼は踵を返す。別れの挨拶か控え目に片方の翼を掲げて楚々と輝く月華の下、木立に消えていく。醒めない酩酊感の中、暫く私はその背中を見送っていた。


END.
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