Novel

□You drive me crazy
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 寝息を立てる仲間達を横目に錆付いた梯子を登り、戸口から夜の闇に身を浸す。凍てつく風の唸りが耳の奥に谺し、瞬間暖房の効いた基地へ後ろ髪を引かれるが、頭を振るって私は紺色の夜気を進んだ。舗装された石畳から芝生へと抜け木々の間を縫う中で、疑念が脳裏に過る。果たして彼は居るのだろうか。誘いはしたが、「時間が空けばな」との返事を最後に何も私は言い出せなかった。意気地なしめ、と自身を詰ったことは記憶に新しい。悶々と、しかし仄かな期待を胸に宿し漸く辿り着いた場所で、屹然と立つ彼の姿を見付け息が詰まった。漆黒の毛並みは夜風に柔らかく靡き、月が下りてきたかのように白い肌は一点の曇りもなく美しい。幻想的ですらあった光景に見惚れ立ち尽くしていると首だけを巡らした彼が私を視界に捉え口を開いた。

「隣に来るぐらいの気概を見せたらどうだ」
「は……はい、隊長」

 肩を並べれば視界の端に私より頭一つ程小さな背丈が映る。幼さと無縁な精悍な顔付きは鋼の意志の具現とも言え、譬え戦火の煤汚れを頬に乗せていたとしても否応なく惹き付けられる美貌を携えていた。最も猛禽類さながらの威圧的な眼差しを浴びれば大半の色事師は手を引っ込めるだろうが。

「どうした、やけに無口じゃないか」
「えっ、そ、そう、ですか?」

 紺碧の瞳が言い淀む私を射竦め、恥じ入って視線を足元へ逸らす。不埒なことを考えていたので、などと打ち明けられる筈がない。途端、鼻孔を擽る芳香に思わず顔をあげると此方を覗き込もうとしていた彼と目が合い慌てて後退った。夜色にチェシャ猫の笑みが浮かぶ。


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