小話《短編集》

□大切なもの、音楽と君と。
3ページ/3ページ






イノちゃんがステージに戻ると、再び歓声が上がる。そしてステージ上にいたメンバー達と、何やらゴニョゴニョ。
メンバー達の表情が、驚きと楽しげなものに変わる。


そして俺の手には、マイクがある。



『隆ちゃん、一緒に一曲歌おうよ!』


キスの後、そう言ったイノちゃんの笑顔が眩し過ぎて。力が抜けてぼんやりしていた俺は、頷いて、マイクを握らされていた。

すこし冷静になった俺は、いつの間にこんな事になったのかと、考えを巡らせるも。うまく頭の中は纏まらない。

…そういえば今着てる服、思いっきり今日のライブ仕様ではない服装だ。…白いシャツに黒のカーディガンなんだけど…良いのかな。




曲が終わって、MC。ペットボトルの水を飲んで、満足気に客席に語りかけるイノちゃん。



「今日はね、ゲストの方が、来てくれています。つか、俺もたった今知ったんだよ!監督だけね、知ってたんだって!」

「誰だと思う?」

「俺に言わずコッソリ観て帰る気だったらしいんだけど…俺はそんな事させません」

「みんな、知ってる人だよ?」

勿体ぶるイノちゃんの語りに、ファンの子達も期待で騒めきはじめる。

もうここまできたら、やるしかない。
思いっきり楽しもうと思う。


「じゃあ、呼ぶよ?いい?」



「では。…俺の、大切な人です。」

ーーーーー隆ちゃん。



イノちゃんがマイクを外して、生声で俺を呼んだ。









ーーーーーーーーーーーーー



「隆ちゃんお疲れ様、今日は急だったのにありがとね」

一曲歌って、袖に下がる俺にイノちゃんは釘をさすように言ってきた。


待っててよ!先に帰っちゃダメだからね!


すごい剣幕で、イヤダなんて言える勢いじゃなかったから。こうして控え室でイノちゃんを待っていた。


「イノちゃんも、お疲れ様!楽しかったよ?」

「良かった、メンバーのみんなもね、びっくりしてたけど、超楽しかったって、言ってたよ」

「そっか」

それなら良かった、と。ホッとする。

イノちゃんは俺の座っている、長椅子の隣に腰掛けた。



「あの曲、久々だったろ?」

「うん、イノちゃんの名曲だもんね。歌えてよかった」

「そっかな?」

「あの曲歌うとね、幸せな気分になれる。とくに、あのくだり…」

「何食わぬ顔で〜のとこ?隆ちゃん前に好きって言ってた」

「うん。〜笑ってあげる〜って。もうイノちゃんの笑顔しか浮ばないよ?」

だから大好きな曲だよ?
そう言ったら、イノちゃんすごく嬉しそうな顔をして、俺の手を繋いでくれた。


「隆ちゃんに捧げた曲ですからね」

「うん。…ありがとう」

ふふ、と照れながら顔をむけたら、今日二度目のキス。角度を変えて、何度も重ね合わせる。


「……っあ、…」

苦しくなって酸素を求めたら、そっと唇が離れる。


「隆ちゃん、今日電話で話したこと、覚えてる?」

「え…」

「お願いした、お守り」

「う、…うん。」


『ライブの後、会いにきて』


「あれもう、隆ちゃんが叶えてくれちゃったから。」

「そっか、そうだね」

「あともう一個、いい?」

「え??」

イノちゃんは内緒話するみたいに、耳元に顔を寄せてきた



「 って、言われたいな〜」

「ええっ!!?それ、もっと恥ずかしいよ!!」

「いいじゃん!ほら、ライブの成功を祝って!プレゼントって事で」

「ええ〜…」

「隆ちゃんに言われたら、ホントに嬉しいのにな」

「っ…」


強請るような目で見られて、もう観念して。思いっきり盛大に溜息をついて、イノちゃんの耳元で囁いた。
こんな事言うのも、初めてだ。
それに。
今日初めてした、ステージ袖でのイノちゃんとのキスも。
身体を駆け抜けていくような感動も。
今日、流した涙も。


全部、ライブがくれる、キラキラした輝きと熱のせい。
そう思えば、こんな言葉だって、きっと言える。




「イノちゃん。今夜、俺を愛して?」







end


次の章へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ