小話《短編集》
□眠りの森の歌姫
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眠るって、とっても気持ちいい。
安眠の条件は、季節によっても違うけど。
夏はサラサラのシーツと、タオルケットに包まれて。
冬はふかふか柔らかいシーツと、ふんわり暖かい布団に包まれて。
加湿器の小さな音と、お気に入りの枕。
…それから。同じベッドで眠ってくれる、あなたの存在が必要なんだ。
………………
「隆〜?すっげえ眠そうだぞ?」
スギちゃんの声が頭上から響いた。
その声で、少しだけ。
意識がクリアになるのがわかって。
まだ閉じていたいと主張する瞼を、なんとか無理矢理こじ開ける。
「ん…。……めむい…」
「ハハッ」
恐らく舌ったらずに呟いた俺に、Jも俺を笑ったみたいだ。
仕方ないじゃん。
今、何時だと思ってるの?
今夜俺たちは、番組の収録の仕事に来ている。
今期からスタートする、新しい音楽番組。スタジオからスタッフから、新しいもので溢れた現場で。
フレッシュ感が満ちていて、いいなぁ…と思っていた。……はじめは。
というのも。
何しろ、段取りがあまり良いとは言えなくて。
LUNASEA様。と用意された楽屋に行ってみたら、なんと衣装が届いてない。( 後に別の楽屋にセッティングされていた事が判明 )
あと何か、楽屋にいても聞こえるくらいの、スタッフ同士の怒号が…すごいなぁ…。
極め付けは、他の出演者との収録のタイムテーブルが、上手く出来ていなかったみたいで。
収録時間が、押しまくっている。今現在。
開始時間も、元々遅かったけれども、予定ならもう終わってる筈の時間だよ?
まぁ、そんな訳で。短い時計の針は、もう随分と上の方に行っちゃった時間だけど。
俺たちLUNASEAの出番は、もう少し先らしい。
「隆ちゃんは早寝早起きだからねぇ」
楽屋のソファーに座る、俺の隣で。
イノちゃんが、俺の方を見て言った。…気配がした。
何しろ目が上手く開けられないから、気配くらいしかわからない。
「しっかし。ひでえな」
「まぁ、長くやってりゃ色んな事あるよな!俺らもホラ、程良く歳くって、昔みたいにすぐキレなくなったからさ!ここのスタッフ命拾いだな」
真ちゃん。ナイスフォロー。
「…つーか。冗談抜きでさ、隆、歌える?今日やる曲ハードなヤツだし」
スギちゃん!俺をなんだと思ってるの。何年ヴォーカルやってると思ってるんだ。リハだって、コンディションだって本番に合わせてやって来てんだからね!
ステージにのって、皆の演奏があれば、いつだって歌えるよ。
……ステージにさえ、辿り着けばね…
色々と取り留めなく、思考を巡らせていたら。
またイノちゃんの声が降ってきた。
「隆ちゃん。微睡んでるより、短時間でも集中して寝た方がスッキリするよ?出番まで寝てなよ。」
「…ん?」
「俺を枕にして、いいからさ」
ほら。って言って、イノちゃんは俺を引き寄せて、肩に寄っかからせてくれた。
( あ…。イノちゃんの、いつもの感触だ )
ベッドの上で、俺を抱いてくるイノちゃんを思い出す。
細く見えるけど、イノちゃんの腕は逞しくて強い。抱きしめられたら、離れられない。
それから、良い匂いがして。
とっても気持ちいい、イノちゃんの抱擁。
…っていうか…ここ…みんなも…いるよ……見られちゃうよ…………まぁ…いっか……
ふわふわして…気持ちいいなぁ…
…………………
遠くで声が聞こえる。
誰だろう…なんか、謝ってる?
誰?
「お待たせして大変申し訳ありません‼」
「やれやれ。もうちょっと段取り、しっかり組まないと」
「つーかウチのヴォーカル、がっつり寝てるよ?」
「あ…RYUICHIさん、申し訳無い…」
「早寝するヤツでさ」
「…そうでしたか…」
さっきから、うるさいよ。
うるさいし、揺り起こさないでよ。
まだ眠いんだから。
「寝付きいいなぁ…コイツ」
「隆、起きないね」
「うーん…起きたとしても、大丈夫かね」
だから、大丈夫だって…
歌えるってば。
目が、覚めたら。
「悪い。みんな、先行ってて?」
「え…イノは?」
「決まってんじゃん」
「?」
「隆ちゃん、起こすから」
なんだろ…あったかい…。
「隆ちゃん、起きて?」
イノちゃんの声だ。
あと、イノちゃんの…
「っん…ッ…」
「はぁっ……」
「…ふ、…ぅ…っ」
「早く起きないと…ここでシちゃうよ?」
「ん…っん…ぁ…」
「ね…もう起きて………俺の…」
ーー俺の歌姫ーー
「イノちゃん…」
「あ、起きたね?」
「ん…おきた」
「歌える?」
「歌える」
「…まだぼんやりしてんじゃん」
「してなぃ」
「舌足らず。」
「ちがうよぉ」
「…違わない。もっと目、覚まそうね」
「イノちゃっ…」
「姫はね、王子のキスで目覚めるんだよ」
「ゃ、…」
「や、じゃないでしょ?嘘つきな、お姫様だね」
「イっ…ぁ…んっ…」
「それともホントに、シちゃおうか」
………………………
王子の愛をめいっぱい受けて。
姫は、目を覚ましましたとさ。
歌もしっかり、歌えたそうです。
end?