小話《短編集》

□君を待つ。…#
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最近。
イノちゃんが忙しそうだ。



俺は最近は、相変わらずの早朝起き。
それから大体ジムに行って身体を動かして、それから仕事。
最近ではアルバムの制作の仕事が多い。
ギチギチに仕事を詰め込んでる訳じゃないから、夕方には終えて。帰ってゆったりご飯を食べて、お風呂に入って、ブログを更新させて早めに就寝。
こんなのが最近の俺の生活。



でも、イノちゃんは。
ちょっと忙しそうなんだ。


お互いの家を行ったり来たりっていうのは変わらないんだけど。
家に帰ってちょっとすると、家でも仕事を始めて。ご飯は一緒に食べるけど、その後のんびりお酒飲みながらテレビ見て…とか。最近あんまりしてない気がする。



今忙しいの?って聞いたら。

ソロ用の新曲を作ってるって言ってた。
それから抱えてる仕事が他にもいくつかあって。締め切りが早まったのがあったりで、急に時間が足りなくなったそう。



せっかく一緒にいるのにごめんね…って。



済まなそうな顔でイノちゃんは謝ってた。
仕方ないよ、締め切りのある仕事だもん。

俺たちの仕事は、時間に縛られない面もあるけれど。逆に言えば、自分でやめない限り仕事は続く。
良いものを作りたいって思うと、果てが無くて。
その辺の折り合いは、何年やってても難しい。



そんな訳で今日もイノちゃんは、家に帰ってからも延々とパソコンと機材の間で格闘してる。



ルナシーの仕事だったら、俺も一緒にできるけど。今はただ、待つしかない。

…待つしかない?

…待ってるだけ?

ーーーーーううん




「夕飯作って待ってよう」


何がいいかな。

あんな調子じゃ、きっと朝も昼も適当に済ませてそうだ。

何か美味しいもの作ろう。
味だけじゃなくて、一緒に食べる時間が、ほんの少しでも心の余裕になってくれそうな。



イノちゃんの作業場の部屋をそっと開けると、ヘッドフォン付けて集中してたから、何も言わずそっと玄関を出た。


夕方の活気ある街をひとりで歩く。
何にしよう。


うーん…と悩む。


カレー!…はさすがに芸がないよなぁ。よく作るしね。

麺類?…でも昼食に食べてそう。

純和風にお刺身定食風とか?

…良いけど…時季的にあったかいのがいいかな。

おでん?……あっ ‼
お鍋‼


そうだ!そうしよう‼

お鍋と閃いたら、俺も急に食べたくなってきた。
確か卓上のIHコンロがあったよねぇ。


なんかメラメラと鍋作りの意欲が湧いてきて、俺は張り切ってスーパーに赴いた。











「ただいま〜」



邪魔するといけないから、そっと家に入る。
イノちゃんの作業場を伺うと、まだまだ絶賛仕事中みたい。
多分俺が買い物に行っていたのも知らないだろうな。

一瞬だけ過ぎった寂しさを慌てて打ち消して。エプロンをかけると、俺も自分のするべき事に集中した。













……………

あれから随分時間が経ったと思う。


夕飯の仕度はすっかりできている。
後はイノちゃんが出てきてくれて、お鍋を作りながら食べるだけだ。

ーー…それだけなんだけど。

それだけの事が、時間の無い時って難しい。俺も経験ある。
没頭して、時間も忘れて。

ーーー俺が来てる事も忘れてたりして。

それはちょっとだけ寂しいかな…。


自嘲気味に笑うと、さっき過った寂しさが舞い戻ってきてしまった。



「………」



ご飯だよ〜なんて声掛けて。そのタイミングが、彼の創作にとって最も邪魔されたくない瞬間だったりしたら……とか思うと。声なんて掛けられない。


しゅうぅ…。と、さっきまで張り切っていた気持ちが萎んでいく。
テーブルに並んだ煮込まれるのを待っている食材が冷えびえして見えて。
ますます意気消沈してしまう。




「今夜はもう帰ろうかな…」


後でイノちゃんひとりでも食べられる様に、小鍋にセットしておいて。残りは冷蔵庫に入れればいい。

このままここにいても、今夜はなんかな…と思う。
もしこの後一緒に食べられたとしても、きっとまた仕事に戻るだろう。

イノちゃんは仕事。俺はひとりで夜を過ごすの?
ーーー同じ屋根の下にいるのに…


それはやっぱり寂しいなぁ…
イノちゃんが忙しくなって数週間。
そういえば、抱き合う事すらしていない。


「はぁ…」


大きな溜息。
なんか女々しくて、嫌だな。
こんな事思うなんて。

これが俺たちの選んだ仕事なのに。





帰ろう…。と、ふと視線を上げた先に、お酒が並んだ棚があって。
普段は自分から進んで手にはしないけど。
なんか今夜は、手に取りたくなった。



イノちゃんが大好きなテキーラのボトル。いっぱい並んでる。
そのうちのひとつの丸いコルクを抜く。

ふわぁ…と、強いお酒の香り。でもどことなく花の香りにも思える。

俺はテキーラは飲まないけど、香りに誘われるように小さなグラスに少しだけ注いだ。
カクテルではあるけど、ストレートで飲むなんて初めてかも。

ドキドキしながら一口飲むと。
スゥ…とする抜ける香りと、口に残るやっぱり花の香り。


かー…っと顔が熱くなった。
でも注いだ分は飲んで帰ろうと、ちびちびと飲み干した。

お酒が流れてた部分からあったかさが広がって。じわじわ心まで解れていく気がする。
そしたら。
一緒にいるのに一緒にいられない事が寂しいって、はっきり自覚してしまった。


イノちゃんは何も悪くないのに…

寂しいなんて思うのは我儘だと。
この沈んだ気持ちをどうにかしたくて。
投げやりになっていたのかもしれない。
心のどこかで。
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