過去の拍手話

□24…青空と、赤い風船。
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「はい!どうぞ〜」





…って、実際言われた訳じゃないけど。
そう言われた気がして、思わず手を差し出して。通りすがりのピエロから手渡されたのは、赤い風船。


…俺、大人なのになぁ。



「なんでくれたんだろ」









《青空と、赤い風船。》













「それはやっぱり、隆ちゃんが可愛いからじゃない?」



飲み物を買いに行っていたイノちゃんが俺の元に戻って来て。風船片手にぼんやり立ち尽くしていた俺に、どしたの?って目を丸くしたのはたった今の事。
事の顛末を聞かされたイノちゃんは、ニヤッと笑ってさっきの台詞を言った。



「でもさ。風船って…大人の男がもらって喜ぶと思う?周りには女の子とかちっちゃい子もいたのに」

「だからさ。ピエロの目から見て、隆ちゃんは風船の似合うひとって思われたって事じゃない?」

「ええ〜っ⁇」

「いいじゃん。赤い風船の似合う隆ちゃん。恋人としてすげえ誇らしいけど?」

「…変なイノちゃん」




なんだかご機嫌になったイノちゃん。ってゆうか今日は朝からご機嫌だったイノちゃんだけど。
だって今日は遊園地デート。この歳でいまさら恋人と遊園地なんて、初めはちょっと照れくさかったけど。
いざ着いてみると楽しくって。
あんまり激しい乗り物は苦手だから、わりと穏やかな乗り物。
コーヒーカップ、ゴーカート、園内トレイン。
メリーゴーランドにこれから乗って、ゲームセンターで遊ぶ予定。
それから最後はとっておき。
夕暮れに観覧車乗ろうね?ってイノちゃんは嬉しそうに言った。
…観覧車か。前にイノちゃんと一度だけ乗った事ある。あの時はやっぱりお約束な展開になって、ドキドキして大変だったけど。
ーーー今日もなのかな…?って思うと、まだ昼間なのに鼓動が落ち着かなくなってきた。

イノちゃんが売店で買ってきてくれたオレンジジュースをベンチに座って飲む。
イノちゃんは、やっぱりコーヒー。

秋深まった遊園地。園内のあちこちに薄く黄色く色付いた葉っぱの樹がたちならんで。空気も爽やかで。空も抜けたみたいな青空で。
そんな空に、風船がゆらゆら…。



「のどかだね〜」

「な。やっぱこうゆうとこに来るのは秋が一番いいかもな」

「ね。ライブもこうゆう時期がホントは一番…」

「ギターの鳴りもいいし」

「来てくれる皆んなも暑すぎず寒すぎずでいいのかもね?」

「ライブで暴れたら同じだけどな」

「あはは!そうだね」



なんて事で会話を楽しんで、ジュースを飲み終えて。
ごちそうさま。って立ち上がったら。
隆ちゃん待って。ってイノちゃんがスマホを取り出して俺を呼び止めた。



「?」

「隆ちゃんと風船の写真撮りたい。いい?」

「え〜?」

「SNS載せないから。今日の記念に。」

「…それならいいよ?」



…だってホントは恥ずかしいもん。赤い風船持ってるなんてさ。

いいよ?って言ったらイノちゃんは嬉しそうに、じゃあ撮るよ?
背景は青空!遠くに観覧車も入ってる。
そんな構図でシャッターを切った。



「ーーーどう?」

「ーーーうん!いいね、良い写真!大事にとっとこう」

「…皆んなには見せないでよ?恥ずかしいもん」

「見せないよ。だってこんな可愛い隆ちゃん、誰にも見せたくないし」



これは俺だけ。って言って、イノちゃんは本当に大切そうにスマホをしまった。



「隆ちゃん、ありがと!じゃあ、次行こっか」

「うんっ」






メリーゴーランドでは、風船が暴れないように抱えてた。木馬が上下に動くたびに、風船が擦れてきゅうきゅう音を立てて、ちょっとはらはらする。
ゲームセンターでは子供達の羨望の的。
やっぱりふわふわ浮いてる風船って、ある意味ヒーローだよね。
そんな視線の隙間を赤い風船を引き連れて歩く。



「…うぅ〜…」

「ん?どしたの?隆ちゃん」

「ーーー…風船、やっぱりちょっと恥ずかしい…」

「ーーーうーん…」

「ゲームセンター、出ない?」



チラッとイノちゃんを見てそう言ったら。イノちゃんはまたニッと笑うと、俺の手を掴んで外へ出た。

外に出た途端、また風を受けてふわふわ漂う風船。
ーーーうん。
やっぱり風船は、外の方が似合う気がするよ。
こうして糸で繋がれているより、空の上に心焦がれてるのかもしれない。




「ーーーね、イノちゃん?」

「ん?」

「ちょっと早いけどさ。もう観覧車乗らない?」

「!」

「日暮れに乗るのもロマンチックだけど、こんな青空の下で乗るのもいいかもよ?」

「青空の下?」

「うん!風船も一緒にさ?ね、いいでしょ?」

「っ…」

「ーーーね?」

「ーーーっ…〜〜」

「…イノちゃん」

「ーーー…わかったよ」

「!」

「隆に強請られて、断れるわけないし…」

「…うっ…」

「ーーーいいよ。観覧車、乗りに行こう?」

「っ…うん!」





イノちゃんと、俺と、風船と。
ちょうど目の前に到着した水色のゴンドラに乗り込んだ。
中に入っても、相変わらず風船はふわふわ…。
向かい合わせに座った俺とイノちゃんの間を遠慮なく漂ってる。
そしたらイノちゃん、ちょっと苦い顔。



「ーーー隆と二人きりで乗るはずだったのに」

「…二人きりでしょ?」

「違う。コイツがいるだろうが!ふわふわふわふわ」

「コイツって…ーーーあはは!イノちゃん変なの!」



風船相手になに言ってんの?って、ついつい笑ってたら。イノちゃんはますます苦い顔。
イノちゃん…最初は風船のこと褒めてなかった?



「ーーー…」

「…」



ーーーイノちゃん、黙っちゃった。
そんなに二人きりが良かったんだ。
…二人きりなんだけどさ。


無言のゴンドラの中。
俺は空を見上げた。



ーーーイノちゃん。
…もうすぐ天辺だよ?

実は密かにドキドキしてたのは内緒。
でも…。
待ってたんだよ?









「ーーーーーーーー…隆」



「…え?」


「ーーーおいで」

「!」



「風船と一緒でいいからさ。…おいで?」


「ーーーっ…」



ホントに間もなく天辺ってところで。
俺はそっと立ち上がって、向かい側のイノちゃんの隣に。
座った。…風船も付いてきた。


隣同士のイノちゃんと俺の周りを、風船はふわふわふわふわ…
その隙間から、イノちゃんは手を差しだして。
その手のひらが、俺の頬をとらえる。

観覧車でドキドキするのも、これで二度目だ。
でも、慣れない。
慣れるわけがない。
しかも今はまだ明るいから。イノちゃんの表情もわかる。イノちゃんにも、きっとバレてる。
俺の顔が熱くなってるって。




「ーーー隆」

「っ…イノちゃん」

「隆…ーーー可愛い」

「んっ…」




狭い空間で、口づけの音が響く。
触れるだけだったキスは、次第に深く…深く…。



「っ…ーーーン っ…ふ」

「ーーー隆…ーーー俺…」

「んっ …なぁ…に?」

「今、気付いた。…この 風船さ?」

「ーーーえ?」

「ーーー目隠しになってくれる」

「っ…?」

「キスしてる俺たちを、隠してくれてる」

「ーーーっ?」

「下に着くまでキスできるな?」

「え?…ーーーんっ…」




真っ赤で大きな風船。
それを抱えていると、ホントだ。
俺たちを、風船が隠してくれてる。



ゴンドラの中。
風船に隠れて、俺たちはキスに夢中。
せっかくの窓からの青空も見ないで。
ずっと見てたのは、やっぱり恋人。
大好きなイノちゃんのこと。


ーーーもういよいよ到着になる頃。
名残惜しげに、ちゅっ…と、口づけを解いて。最後にぎゅっとイノちゃんは俺を抱きしめてくれた。





「ーーー離れたくない…」



ついつい俺の口から溢れた。今の本音。
イノちゃんはちょっとびっくりしたみたいだ。くっ…と息を詰める気配の後。ため息と共に抱擁を解いた。



「ーーー隆…そんな事…」

「ーーー」

「っ…言われたらさ」

「ん…」



イノちゃんが、ちょっと苦しげ。
そんなイノちゃんが、愛おしい。




下に到着したゴンドラから揃って降りる。
イノちゃんは、ずっと手を繋いでくれてる。
離れたくないって、イノちゃんも思ってくれてる?



二人、手を繋いで。
俺は風船を連れて。人通り少ない、散歩道へ。
ーーーさっきから、燻ってる。
離れたくない。愛おしいって気持ち。
こんな場所に来たら、ますますその気持ちが大きくなる。



「ーーーイノちゃん」


ぎゅっと。イノちゃんの胸に抱きついた。
恋しい。愛おしい。
イノちゃん、大好きだよ?



「隆」

「ーーーん?」

「やっぱ、可愛い」

「っ…」

「大好きだからな?」




イノちゃんも、俺をぎゅっと抱きしめてくれた瞬間。
スルッ…と。
俺の手から風船の糸がすり抜けた。



「ーーーあ」


ふわりと、自由になった風船は。
空に焦がれるみたいに一直線に、上へ…上へ…


イノちゃんと一緒に空を見上げて。
次第に小さくなっていく赤い風船を、いつまでもいつまでも見つめてた。




「ーーー行っちゃったね」



たった今まで一緒だった風船。
今日、少しの間だったけど。
一緒に遊園地を旅した。
赤くて綺麗な風船。

ーーー恥ずかしがって、悪かったかな…


でも、楽しかったよ?
ーーーありがとう。

バイバイ。




太陽の光の中に風船の影が重なって、見えなくなって。
眩しくて、ちょっと目元が潤んで。
瞼を閉じた。
ーーーそしたら。


ぎゅっ。
イノちゃんの腕が、再び俺を強く抱いた。そして、俺の耳元で。
囁いてくれたんだ。




「離さないよ」

「ーーーイノ…」

「だから心配すんな」

「っ…」

「俺は一緒にいるから」



「うんっ…」








帰りの車で、イノちゃんが今日の写真を見せてくれた。
数枚の写真の中に、見つけた。
赤い風船と、俺の写真。

あんなに恥ずかしがってた俺なのに。
写真の中の俺は。
嬉しそうに、幸せそうに、笑ってた。



赤い風船と。
大好きな恋人に、微笑みを。





end
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