過去の拍手話

□6…揺れる(ギター)
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ピィンッ…



隣の部屋からこんな音が聴こえてきた。




俺はキッチンでコーヒーを淹れていて。ポットからカップにコーヒーを注ぐと、トレイに乗せて、たった今音が聴こえた部屋へ向かった。




音のした寝室は、ドアが半分開いていて。
入るよ〜と声を掛けて、ドアの隙間からコーヒー片手に入りこんだ。




「あ…」




ベッドの下のラグマットの上。
アコースティックギターが横たわっていて、そのすぐ側に、この家の主がギターと同じように、床に座り込んでいた。


俺の立つ方からは、主であるイノランの背中しか見えない。
声に気付いた筈だけど…。

そっと近づいて、様子を伺ってみる。




「あ、」




近づいてわかったけど、ギターの弦が切れている。1弦。

さっきの音の意味がわかって、心の中で納得した。




どうしたんだろう。
張り替えないのかな?

そもそも、こっち見てくれないし。





「イノちゃん?コーヒー持ってきたよ」


「………」


「飲む?」


「………」


「……ここ、置いとくね」








なんか、あったんだな。





こういう時、誰でもあるよね。




何かあって。心がもやもやして。
うまく言葉に出来ない時。




俺もある。
涙が流れてしまう時。




そんな時、イノちゃんはいつも。

黙って俺を抱きしめてくれる。

ここにいるよ?って、笑ってくれる。









コーヒーのトレイを、ベッドサイドのテーブルに置く。
明るい昼間の室内に、コーヒーの白い湯気が、マーブル模様に漂って。
俺の背を、押してくれる。







「イノちゃん…」





イノちゃんの前に回り込んで、同じように、床にペタンと座る。






「イノちゃん」







「…………」






「……イノちゃん」







そっと、手を伸ばして。
彼の首筋に腕を絡ませる。









「俺、なんにもできないけど…」







ゆっくりイノちゃんが、顔を上げてくれる。


その瞳は、案の定。揺れていた。







「すきにしていいよ?」


俺を…









ぎゅうっと抱きしめられて、暫く、そのまま。

そのまま、体温を感じていたら。








「落ち着く…。」



「ん?」



「いや。やっぱ落ち着かない。」



「どっち?」



「…両方。隆ちゃんに触ったら、ドキドキして、落ち着かない。……でも、落ち着く。」



「ふふっ」






少し元気出たかな。






「イノちゃん。…コーヒー飲む?」





「うん。ありがと、いただく。…弦も、張り替えないとね」




「うん」





「それでさ、そのあとね」




「うん?」




「隆ちゃんを抱く」




「…う?」





「すきにしていいんでしょ?」





言ったけどさ。
言ったけど…俺の心の内を読まれたみたいで…なんか。





「隆ちゃんのおかげで、元気でたから」





それは、嬉しいかも。

俺でも役にたつんだなぁ





「めちゃくちゃ嬉しかったから、めちゃくちゃ気持ちよくしてあげる」



「うん」



いいよ、あんなちっぽけな事で、喜んでくれるなら。元気に戻れるなら。
何度でも。





「イノちゃん…」




抱きしめて。

何度だって、笑って、側に居てあげる。

そしたらイノちゃんも、笑顔になるでしょ?





「隆ちゃん。その笑顔…」


最高だよ?





your place.



end
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