過去の拍手話

□12…甘える。
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「ーーーーー…あー…えっと、」



「よぅJ、はよ〜。早いね」




スタジオのドアの所で、時が止まったみたいに動かなくなったJ。
俺は空いている片手を挙げて挨拶する。
なかなか部屋に入ろうとしないJに、傍らのテーブルに置いたコーヒーカップに手を伸ばしつつ声をかけた。






「入んないの?」


「え…入っていい状況なの?これ」


「別にいいよ」


「あ、そう?…じゃ」




そう言ってようやく部屋に入るJ。
その視線はしかし、俺の方から離れない。
Jは持っていた荷物を置くと椅子に腰かけた。





「………」


「なんだよ?」


「ゃ…。それ、隆だよな?」


「他に誰がいんだよ」


「ーーーーーー…見てもいい?」




良いよ。と、俺が言う前に、Jは立ち上がってこっちに歩みよる。
ソファーに座って寛ぐ俺の胸には、ペッタリと抱きついて眠っている隆。






「かわいいでしょ?」


「ーーーどうコメントしたらいいの?」


「思ったまんまに言えば?」


「あーーー…じゃぁ」


「うん」


「ーー…コイツ睫毛長ぇな。…初めて見たかも。隆のこんな…」


「眠ってる隆?」


「それはあるけどさ。そうじゃなくて、こんな風に誰かに甘えるみたいな」


「あげないよ?」


「わかってるよ。…つーか、お前が怖くて、手ぇ出せねーっての」



Jは肩を竦めると、「俺コンビニ行って来る。時間までごゆっくり」と言って部屋を出て行った。







今…とゆうか。もうかれこれ二時間も前から、俺はこの体勢でいる。
最近俺も健康的になって早起きするようになって。今日の予定は、ルナシーの新しいアルバムのレコーディング。隆の歌入れとアレンジ。
早く着いてゆっくり時間過ごすのもいいな…と思って、集合時間よりだいぶ早く来た俺。
ところがスタジオに着くと既に先客がいた。




「隆ちゃん?」


「あ、イノちゃんおはよ〜!早いね」


「いや、隆ちゃんも早いよ。いつから来てたの?」


「一時間くらい前かなぁ?ジムで軽く動いてから来た」


「相変わらずタフだな」


「…だって、今日から数日はさ…」


「ーー歌入れだもんな」


「うん。…なんかしてないと落ち着かなくて」




そう言って。
隆は自分の喉元にそっと触れる。
無意識だろうか。
その表情はいつもの柔らかな隆のものとは少し違って。
どこか必死な。
無理して微笑んでいるようにも見えた。



「隆?」


「あ、ごめんね。…なんか緊張しちゃって」


「…喉、どう?調子悪い?」


「悪くはないんだけど…。ちゃんとお医者さまにも診てもらってるから。ーーー…でも、どうなっちゃうだろうって…」


「……」


「でも歌い切るよ。ちゃんとこの日に照準合わせてきてるから」



ごめんね。って、隆は微笑んでもう一度言った。心配かけてるって、思ってんだろうけど。



「………」



でもさ、隆。
そんなごめん≠ネんて。俺はいらない。
そんな言葉なんか無くても平気なくらい、俺達は想いを重ねてるだろ。


だから。
俺はそんな事くらいじゃ揺るがないって。
生半可な気持ちで隆の側にいるんじゃないって。
教えてやりたくて。
隆の手を掴んで、言ってやった。





「隆。仕事開始まで、まだ時間ある」


「ぇ?ーーーうん…」


「だから今はオフの時間。自由だよ?」


「ーーーーー」


「オフの間。俺はお前の何?」


「っ…」


「ん?」


「ーーー…っ …恋人」


「よくできました。」



にっこり笑ってみせて、掴んでいた手をぐいっと引く。
バランスを崩した隆を受け止めると、倒れまいと隆もしがみついてきた。
俺の胸元にくっついて、ほっぺたを染めて顔を上げる隆。
オフにしか、俺にしかしない表情。




「俺には見せてよ」


「ぇ、?」


「受け止めてあげるから」




弱さも、不安も。
もっと。



隆の側にいるようになって。
俺も歌うようになって、わかったんだ。

隆の裏側にある。歌う事への情熱や覚悟。全て。




「いま俺に出来る事ある?」


「ーーー…それは、」


「ん?」


「恋人としての、イノちゃんへのお願いでもいいの?」


「もちろん」


「…じゃあ…ーーー魔法をかけて」


「魔法?」


「きっと歌いきれるって、魔法」



ココに。と、隆は自分の喉元を指差してにこにこした。



「ーーいいよ」



隆をソファーに誘って一緒に座る。
期待の眼差しが向けられるから、どうしてやろう…と悪戯心が湧いてくる。
魔法使いみたいな、いかにもな演技をしようか…と思ったが、やめて。

隆の首筋に指先を這わせて。

真面目に。
心を込めて。
唇を寄せた。

白い首筋に、小さな赤い印をつける。
隆の身体が震えて、濡れた目が見てる。



「魔法、効いた?」


「ーーーん。効いたよ」


「良かった」


「うん……ね、イノちゃん…」


「ん?」


「ーーーーーーもういっこ、お願い」





ぎゅっと、隆の腕が俺の背に回されて。胸に顔を埋めて、抱きついた。




「お願い…イノちゃん…」



震えてる。
その身体を閉じ込める。



「このまま、抱きしめてて」



いいよ。
全部、受け止めてやる。
だから今は。
このまま、ここで。
少し眠りな?






end…? ↓↓↓

















「…入っていい?」


「おかえり。隆ちゃん起きてるよ」


「あ!Jおはよー」


「おー。」


「Jどこ行ってたの?あ、コンビニ?」


「ん、隆これやる」


「え?あ!わぁいプリンだ!Jありがとう‼いただきまぁす」


「……」


「ーーーイノは、缶コーヒーいる?」


「サンキュ」


「J君優しいね!ね、イノちゃん!」


「そうだね」


「ーーーーー隆…。美味そうに食うな」


「だろ?もうね、一緒に飯食ってると幸せで腹いっぱいになるよ」


「へぇ」


「でもあげないよ?」


「わかってるよ!」






end .
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