過去の拍手話

□14…仲直り
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ぽろぽろと。
はらはらと。

溢れていく、涙。





自分の意思とは関係ないんじゃないかってくらい、コントロール不能だ。



「ーーーーー」



ーーーーーーーーーー。




鼻の奥のツン…とした感じと。
口に広がる、涙の味。
それから。
たくさん泣いて、熱くなった目元と、気怠い身体。

それらが、考える事を邪魔していく。









もうかれこれ一時間は、こうしてソファーの上で涙を流している。
こんなにも沢山の涙が、身体の中にあったんだ…と。不思議でならない。


でも。


ずっとこうしているのも、何かな…って思って。
部屋の窓から、外を眺めた。



春の、薄い水色の空。
耳を澄ますと、微かに鳥の声も聴こえる。
木々の葉がそよいで、陽の光が、あったかそう。
そうだ。朝の天気予報でも言ってた。
今日は穏やかな、暖かい春の一日ですって。


それなのに。
こんないい天気の日に。

俺は、涙が止まらない。




ごしごしと袖口で涙を拭う。
もう何度もこれを繰り返したせいで、瞼が少し痛い。

ずっと座っていたソファーから立ち上がって。
洗面所に足を進める。
蛇口を捻って、冷たい水を両手で掬う。
ぱしゃぱしゃと、涙で濡れた顔を洗うと、これだけでも違う。スッキリする。



幾分、冴えてきた頭で。
数時間前の事を思い返した。









「ーーーーー」



無言で去って行く、背中。
俺の方を見ることも無く。部屋を出るまで、振り返らない彼。


そう。
ホントに些細な理由だった。
イノちゃんと、喧嘩をしたのは。



お互い、言葉に言葉を重ねてしまって。いつしか流れ出した、重い空気。

きっかけはどうあれ、謝らなきゃって思った。
まず謝って。それから、修復のための言葉を重ねればいいって。

ーーーーーーなのに。

思っていた以上に、過敏になっていた俺。上手く言葉が言えなくて、沈黙の時間が、続いてしまった。

その沈黙の時間。
イノちゃんは、俺が何も言わない事に失望したのかもしれない。
それとも、面倒くさいって…思ったのかもしれない。

イノちゃんは何も言わずに。
振り返る事もせずに、この部屋から出て行った。



その後。
部屋に残った俺は。
ソファーに身を預けて、たった今の事を反芻した。

だんだんと、頭の中が整頓されてくると。さっきまでのぐちゃぐちゃだった思考が無くなる代わりに、今度は涙が止まらなくなってしまった。






「イノちゃん…」


ポタポタと、水が滴る顔で。
洗面所の鏡を見つめる。

泣きそうな俺。
ーーーというか。泣き暮れた、俺。

見るのが嫌で。
側に置いたタオルを掴むと、玄関に向かって駆け出した。







外に出ると。
春の匂い。
あったかい陽射し。
水色、黄緑、黄色、桃色…
パステルカラーの景色が、風と一緒に通り過ぎる。


いつのまにか足を運んでいたのは。
俺が好きな、近所の公園。
鳩の群れを眺めて、遊歩道を進む。


ーーーいつもイノちゃんと、歩く道。


手を繋いで、他愛ない事で笑って。
あそこの一番背の高いイチョウの木の陰で。イノちゃんと、キスをして。


そんな、だいすきな公園なのに。
ーーーーーー今は…。










「ごめんなさい」



イチョウの木に背を預けて、呟いた。

今ならこんなに、すんなり言えるのに。
どうしてさっきは、ごめんなさいの一言が出てこなかったんだろう。





「ごめんなさい、イノちゃん」

「ごめんね」

「イノちゃん、」

「ホントに、ごめんなさい」

「イノちゃん…」








「隆ちゃん」





気持ちのままに、ごめんなさいを何度も呟いていたら。
背後から聴こえたのは…





「イノちゃん」



「隆ちゃん…」


「ーーー…何で…?…ここが…」


「わかるよ。隆の行きそうな所くらい」


「ーーーーーっ」


「ーーーーーーーーーーーごめん」


「イノちゃん…」


「ごめんな?隆ちゃん」


「っ…ううんっ 」


「ーーー」


「俺も、ごめんなさい」





イノちゃんは小さく頷くと、俺の前まで来てくれて。
左手で、俺の頬に触れた。




「っ…」


「ーーー泣いてた?」


「ーーーーーーーーーーーって、ない」


「嘘。目、赤い」


「花…粉症っ 」


「クッ…」


「あっ、なに笑ってんの⁇」


「ん?ーーー別に〜?」


「もうヤダ!イノちゃん意地悪だ」


「じゃ、ナニ?また喧嘩すんの?」


「しないよ!」


「もー…隆ちゃん、我儘だなぁ」


「イノちゃんが意地悪なの!」


「はいはい」



また言い合いが続くけど。
でも、さっきの言い合いとは違う。
心があったかくなる、言い合い。



イノちゃんはくすくす笑って。
ちょっと落ち着きな。って言って。
ぎゅっと抱きしめてくれた。



イノちゃんは意地悪で、ずるい。
こんな事されたら、怒ってた事も泣いてた事も、もういいやって思っちゃう。
しばらく上辺だけの抵抗をしてたけど、そんなものも、いつしか消えて。
馴染んだイノちゃんの胸の中。
心地良くて、擦り寄った。



そうしたら、ここで漸く。
止まらなかった涙の理由がわかったんだ。




「イノちゃんの背中が、悲しかった」


「え?」


「さっき、部屋で。ずっと背中向けて、出てったでしょ?」


「ーーーん」


「ちょっと…ってゆうか。すごく、堪えた…かも」


「ん…ごめん」




イノちゃんはますます抱きしめる腕に力を込めて、あのね…って話してくれた。



「自分の感情がコントロールできなくなりそうな時。俺、その場から離れるんだ」


「ーーー」


「隆ちゃんに当たり散らすとか、ぜってぇ嫌だから。ーーーいったん、居なくなる。それでリセットして、現れる」


「そ…だったの?」


「なに…。もしかして、愛想尽かしたとか思った?」


「う…うん」


「あのなーーー…んな訳、ないっしょ⁉」


「だって…」


「隆と喧嘩はするけど、嫌いになんかならない。ーーーだって大事な人との仲って、そーゆうもんでしょ?」


「っ !」


「この先何度喧嘩しても、隆を愛してるのに変わりはないからな」


「ーーーーーうんっ 」


「隆は?」


「え…?」


「喧嘩しただけで、俺が嫌い?」


「っっーーーそんな訳ないっ」


「ーーー」


「いつだって、どんなになったってイノちゃんを愛してるし大好き!ーーーじゃなかったら、あんなに泣かない」


「……やっぱ泣いたんだ?」


「‼」


「隆かわいい」


「ーーーっくない!」


「はいはい。ーーーーーーーじゃ、隆?」


「…?」


「仲直り」


「ぇ…?」


「仲直りしたくて、この木の下にいたんじゃないの?」





とん…。
と、イノちゃんの手がついて。
木の幹とイノちゃんの間に閉じ込められて。
すぐ側に、優しい笑顔。






「ほら。キスするよ」





抗えない。
だって、俺だってしたいから。

俺の唇をイノちゃんの指先が柔らかくなぞる。
耐え切れなくて目を閉じたら、堕ちるのはあっという間。

触れたイノちゃんの唇は、すぐに深くなって。
あったかい気持ちが流れ込んでくる。



愛しいよ…っていう。
まるで、この季節の柔らかな空気みたいな。
優しい、イノちゃんの気持ち。




イノちゃんとキスをしながら、たった一雫の溢れた涙。


ーーーそれは、ひとりで流してた涙とは違う。


イノちゃんを想う。
愛おしい気持ちの結晶だった。






end
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