過去の拍手話

□15…葉山君のドーナツ
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ずっと好きだった、尊敬するバンド。
その新曲制作に参加出来るなんて。


その日が待ち遠しくて。
でも緊張もして。

期待と不安。
その瞬間に立ち会える喜び。

僕の生みだす音と。
そしてささやかながら、気持ちを込めた贈り物を持って。


メンバーの皆さんの元に、訪れたいと思います。














《葉山君のドーナツ》













隆一さんとイノランさんとは。
今やもうユニットのメンバー同士。

はじめこそ緊張もしていた、三人での曲制作。ライブ等々…。
でも気さくな人柄の二人のお陰で、あっという間にユニットの一員として打ち解ける事ができた。

ユニットの他にも、それぞれのソロ活動で一緒にステージに立ったりもしているし。
三人でご飯を食べている時なんかに、フト。
大好きなあのバンド。
ルナシーの5分の2の人達と今一緒に居るんだ…。と、心が震えてしまう瞬間が訪れる。

隆一さんもイノランさんも。
僕は大好きだ。

彼等の出す音はもちろんなんだけれど。ーーー…なんと言っていいのかわからないのだけれど……雰囲気が。
二人が揃った時の、独特の空気感。
…長い間、一緒にいた間柄のせいなのだろうか…?
言葉は無くても通じ合う…というか。
目は口ほどに物を言う…とはこの事だと頷いてしまう程。まるでお互いに触れ合うように重なる視線。
うっかりすると火傷しそうな感情の交差。

ユニットの曲達には、間違いなく。
そんな空気感が充満していると思う。

そんな二人の。
5分の3のメンバーも加わった、五人戦隊ならぬ…憧れのルナシー。

まさかレコーディングに参加する日が来るなんて。

嬉しくて、感激で。プレッシャーも山盛りで。
でも隆一さんも、イノランさんも。
一緒に曲を作る事を喜んでくれて。他の三人のメンバーも、手を取り合ってくれて。

これはもう、やるしかないなと。
意気込みを強く、心に刻んだのだ。






いよいよ迎えたレコーディングの初日。
スタジオに赴くにあたり、僕は数日前から悩んでいた。


差し入れを、どうしようか…という事で。


初めて会う人達ではないけれど。でもここは、ちょっとした心遣いは必要かと思ったから。

持っていくことを決めたら。次に悩んだのは、何を持って行くか…という事。
ーーーーー。

ーーーーーーー何がいいだろうか…。


メンバー一人一人の顔を思い浮かべて。あらゆる候補を捻り出すも。
いまいちピンとくるものが無い。

うーん…とかなりの時間を費やして考えても、逆に考えすぎて考えが纏まらなくなってきた。


ーーーどうしよう…。


そうだ!僕はルナシーのファンでもあるんだから、SLAVEの一員として考えればいい。ーーー何がいい?
もういっそのこと一人一人にファンレターを書くという手も…

いやいや、なに考えてんだ。
ーーーというか、そもそも差し入れとは、どういう定義があるのだろうか。
差し入れというと、やっぱり食品が多い気がする。
食べ物の方が無難だろうか。

最早完全に飽和状態になった思考。
しかしここで、延々と考えていた事が連想ゲームのように繋がって。
あるひとつの結論を導き出した。


SLAVE→語り継がれる伝説→秘話→ルナシー秘話→色々ある→その中で→差し入れの秘話→隆一さん→加入の際→持って行った→差し入れ→食品→ドーナツ→donuts‼






「これだ」

























「おはようございます!」



集合時間よりだいぶ早めに着いた筈だったのに、そこには既にメンバーみんな集まっていて。
思わず慌てて恐縮してしまう。




「なんかねぇ…多分みんな楽しみでね」

そんで早く来ちゃったんだよ。
大丈夫だよって、Jさんがニッと笑って言ってくれた。

スギゾーさんと真矢さんも集まってきて、楽しみにしてたって。今回はよろしくね。
そんな風に気さくに声をかけてくれる。
じん…としてしまって、取り合った手にも熱がこもる。

そして。そうだ、と。
持って来た差し入れの箱をJさんに手渡した。
箱を見た三人は、すぐに中身が何かわかったようで。




「葉山君、昔の隆みたい」

「アッハッハ‼ 数足りなかったりして」

「大丈夫です、その辺はちゃんと、行き渡るように」





そう。
ここ来る途中で寄ってきた、あのドーナツ店。
メンバーとスタッフみんなに行き渡るくらい、たくさん買って来た。

今回はバンド加入って訳じゃないけれど。
一緒にモノを作る、仲間になれるのだから。
かつての隆一さんの、真似をしてみたんだ。
きっとドキドキしている今の僕の気持ちは、あの時の隆一さんと同じなんじゃないかなぁ…。




横長の箱三つ分と、ひとつだけ分けて紙袋に包まれたドーナツを見て、Jさんが首を傾げた。



「これだけ別になってんの?」

「なにこれ?」

「あ、それは…」

「色んな種類のちっちゃいのがコロコロ入ってんね」

「へぇ、今こーゆうのもあるんだ?」

「昔は無かったよな」

「はい。それは隆一さんとイノランさんので」

「?ーーーーアイツら?」

「はい、お二人で食べる用に…」

「⁇…なんでアイツら一緒に食うの?」

「え?…いえ、いつも…」

「ーーーーーいつも?」

「あ、はい。隆一さんとイノランさん、いつも仲良くシェアして食べてる事多いので」

「へぇ⁇」

「ユニットのツアーの時なんかもそうでしたよ?大体いつも一緒にくっついて…」



「…」
「…」
「…」



「仲良いですよね。ルナシーでも、昔からあんな感じだったんですか?…っていうか、隆一さんとイノランさんはどこにいるんですか?」



そういえば、まだ顔を見ていないと三人に問いかけると。

?ーーーあれ?…なんか…微妙な空気が…。






「あ!葉山っち、おはよう‼」

「おはよ〜葉山君」



微妙な空気を霧散するかのように、隆一さんとイノランさんが現れて、この場が一気に賑やかになる。
にこにこしている隆一さんの目がキラリと光って、テーブルに置かれたドーナツの元に素早く寄って来た。



「すごいたくさん!葉山っちが持って来てくれたの?」

「はい」

「さっすが葉山君!隆ちゃんのオマージュ的な事をするって…わかってるね〜」

「あ!ちっちゃいのコロコロだ〜。これ貰っていいの?」

「はい、お二人用に…」

「ありがとう!」




Jさんの目の前に置かれた、今話してたドーナツ。隆一さんはチョコレートのかかった一口サイズのそれを指で摘むと。



「イノちゃん、はい」

「ん?」

「あーん、して?」

「え〜?食わしてくれんの?」

「うん!だっていつも、あーんってしてるでしょ?」

「ん、ありがと」




隆一さんの手から、ぱくりと一口で食べたイノランさん。
もぐもぐごくん…。とした後、今度は反対に、隆ちゃんはどれがいい?って隆一さんに聞いている。


目の前で繰り広げられる。
二人の甘い世界。

初めの頃は ( いや、今も時々そうだけど ) いちいち目のやりどころに困っていた僕も。
今はもう、慣れたものだ。
それに二人は、お互いに夢中に見えて。その実、僕に意識を向ける事を忘れない。
ちゃんと、気にかけてくれているんだ。

2:1になりそうになると、その場の空気をあっという間に緩めて、1:1:1に瞬時に変化させる。
別の取り合わせの2:1になる事もあるし、完全にまとまった3になる事もある。
そんな風に柔軟に空気感を変えながら、その隙をついて。
隆一さんとイノランさんは、誰も立ち入れない空気を要所要所で出してくるのだ。

でも僕は、そんな二人が嫌いじゃない。
立ち居入り過ぎると、二人の秘密の部分に触れそうで、慌てて足を引っ込める。
そんなスリリングで、ミステリアスで、切ないくらいに甘くて愛の溢れた空気。

この二人と創り上げる音楽が堪らなく大好きで。出来る事ならずっと一緒にいたいと願ってしまう。






「葉山君」




にこにこと。Jさんと、スギゾーさんと、真矢さんが。僕を手招きして、奥のテーブルの方へと移動した。




「今日さ。今夜、仕事のあと時間ある?」

「え?ーーーええ、はい」

「飲み行かね?」

「俺ら四人でさ」

「僕達四人…ですか?隆一さんとイノランさんは?」

「あー…まぁ、アイツらはまた今度全員でさ」

「はぁ」

「もっと葉山君と、早く打ち解けたいし。ーーー喋りながら飲もうぜ?」

「あ、はい。是非!」

「おっし!決まり‼」

「はい」



「…つーかさ、葉山君」

「?…はい」

「あの二人とユニット組んで活動してって…すげえよ。ーーー色々、」

「最近のアイツらの事。葉山君の方が知ってる事多そうだし、聴いてみたいんだよね」

「そう…ですかね…?」




この三人より僕の方が知ってる事があるのか、ちょっと些か疑問だけれど。

でも。

期待に満ちた三人の視線を受けたら。
そうなのかな?って、ちょっと誇らしくて。


今晩が楽しみになった。


たくさん話してあげたいと思う。
僕が過ごして来た、隆一さんとイノランさんとの時間を。

尊敬する三人へ。
愛すべき二人と僕の。
Tourbillonの日々の事を。






end
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