小話《短編集》

□ジャムパン
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「あっ‼ イノちゃんズルい!」


今日も朝から絶賛LUNA SEA レコーディング中。
数週間にも及ぶスタジオのお籠り生活に、さすがのメンバー達も疲労感。
にも関わらず、相変わらず元気なのは隆ちゃんだ。

良く透る、俺への非難の声がスタジオに響いた。
他のメンバー達も、なんだなんだと遠まきながら注目してくる。

「なにがズルいの」

ソファに座ってなかば呆れ気味に言う俺に、隆ちゃんはズイっと迫って更に声を張り上げた。

「だってイノちゃん先に取るんだもん!」

「だって真ちゃんがどうぞって言ったから」

「でもイノちゃん甘いのいつも食べないじゃん!」

「俺だってたまには食うよ。それにせっかく真ちゃんがくれたんだし」

「‼っでもでも!」

「腹減ってるし」

「だったら他のでもいいじゃない!俺だってそれ食べたかったのに」

放っておくといつまでも続きそうな俺と隆ちゃんのやり取りに。
痴話喧嘩か…とボソっとJがスギゾーに呟いたのが聞こえた。

事の発端は真ちゃんが差し入れてくれた、人気ベーカリーのパンだった。


みんなレコーディングで疲れているからと、気を利かせてたくさん買ってきてくれた。
ちょうど昼時。コーヒーも淹れたてで、腹も減ってたから、1番に目についたパンに手を伸ばした。

どうやらそのパンが問題だったようだ。

真ちゃんの近所にある、ちょっと有名なベーカリー。その店の1番人気がいま俺の手にあるジャムパンで。
砂糖はあまり使わずに、丸ごと苺がゴロゴロ入っている。
とても人気で、連日即完売になるそう。
真ちゃんが行った時も、最後のひとつだったようで。俺達の痴話喧嘩?を見ながら、困った顔をしてる。

諦めきれずにグイグイ来る隆ちゃん。
ちょっと突けば泣きそうですらある。

普段だったら俺も多分、すんなり譲ってあげると思う。
でも隆ちゃんの表情を見ていたら、いじめっ子心というのか、好きな子ほどいじめたいって気分になってしまった。

「ごめんなぁ、隆ちゃん。それ1個しかなくてさ。今度また持ってくるからな」

「ほら隆ちゃん、真ちゃん困ってるよ?」

「・・・うん、、、」

隆ちゃんは急にしゅんとして、ちら、と真ちゃんを見て、ちいさく謝った。

さっきまでの元気が鳴りを顰めて、俺の横にそっと座る隆ちゃん。
俯いている。

(これ以上は、かわいそうかな)


俯いている表情が見たくて、そっと覗き込む。俺の気配を感じて、視線が合って、慌ててプイと顔を逸らされる。でもその頬は赤くなってて、ますます煽られる。


「あげる」

俺の言葉に、ゆっくり隆ちゃんがこっちを向いた。今度はちゃんと視線を合わせてくれたから、俺も微笑んでもう一度。

「あげるよ?」

「・・・いいの?」

「うん。」

「でも、」

「隆ちゃん程欲しがる人に食われた方が、ジャムパンも幸せじゃない?」

だから、はい。戸惑う隆ちゃんの手にそっと持たせてやる。
俺とジャムパンを交互に見て、いつしかその表情は極上の笑顔に変わっていた。

「ありがとう!イノちゃん」

「いえいえ。ジャムパンも幸せだ・・・」

「いただきまーすっ」

早い。
俺の言葉を聞き終わる前に、もうはじめの一口に顔を綻ばせている。

「良かったな!隆ちゃん」

「うん!真ちゃんもありがとう!」


本当に幸せそう。
はじめからあげる気だったけど、ここまで幸せそうだと、ちょっと。
嫉妬。
ジャムパンに嫉妬。

やれやれと苦笑いをして、となりの隆ちゃんの頬を捉える。


「ちょっと、ちょうだい?」

唇が重なって、甘いジャムが口に広がる。

存分に味わって、唇を離す。
微笑んで、そっと囁いた。

「美味しいね」

隆ちゃんの頬はジャムに負けないくらい、色づいていた。


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