小話《短編集》
□君と雨の日
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「あ、雨 」
助手席の隆が呟いた。
久しぶりに2人で出掛けた帰りの車内。
特に予定は決めず、その時の気分で。
この2人が揃うと天気の崩れが心配だったけど、今日は朝から真っ青な、抜けるような空だった。
おかげで、隆の行きたがった海岸や、俺が行ってみたかったセレクトショップ。テラスのあるレストランで、のんびりランチ。おまけに観覧車までしっかり乗って。
朝から夕方まで信じられないくらい遊んで、笑って、互いの存在を愛おしく思った、1日だった。
帰りの車内、高速にのる頃になると隆が眠そうにしてた。
「サービスエリア寄るから、それまで寝てたら?」
前を気にしつつチラ、と横を見ると、隆がふるふると首を振った。
「もったいないよ」
2人の時間。そう言ってふんわり微笑んで呟いた。
その声が、あんまりにも心地よくて。
やっぱりずっと聴いていたくて、ポツリポツリと、会話を続けた。
「もう、真っ暗だね」
「ん、日暮れ。暗くなるの早くなってきたね」
「・・・楽しかったね」
「次、時間とれたらさ。またどっか行こうな」
「うん!」
横目で見たら、ものすごく幸せそうな隆の笑顔が視界の端に入ってきた。
こういう時、再確信する。
隆のこと、好きだなって思う。
もうすぐサービスエリアってところで、隆が呟いた。
「 あ、雨 」
隆の声でフロントガラスをジッと凝視する。細かい霧雨みたいな雨が降り出したようだ。
しばらくすると大粒の雨粒に変わってきた。
隆は、真っ暗な外を眺めながら、窓ガラスに伝う水を、いつまでも見つめてた。
外のライトが規則正しく通り過ぎる度、隆の瞳が潤んで見えて、たまらない気持ちになる。
寂しそうに、泣いているように見えた。
「隆ちゃん、一回停まるよ」
「うん」
ウィンカーを出して、駐車場への道を進む。まだ19時過ぎくらいだけど、平日だから空いている。
「俺達にしたら上出来だよね?」
「ん?」
駐車中の俺に、隆が弾んだ声で話しかけた。
「今日はずっと晴れだった。ここまで降らずにいたもんね」
「ふふ」
「だから上出来!すっごく楽しかったよ?イノちゃんといっぱい遊んだ 」
「俺も楽しかった」
「イノちゃんありがとう」
エンジンを落として、薄暗くなった車内で、隆がもう一度呟いた。
「イノちゃん、ありがとう」
「それはこっちのセリフ。隆ちゃんありがとう、すっごく楽しかった。」
「ん。」
「隆ちゃんといられて、良かった。」
「うん、俺も」
「隆ちゃん」
「ん?」
「・・・隆ちゃん 」
隣の隆の手に、そっと手を重ねる。
隆の視線を捉えて、真っ直ぐに見る。
離さない。
そしたら、どうしたいのかすぐ分かったみたいで、ゆっくり瞼が落ちていった。
「 ン、っ」
「 りゅう 」
「っん、・・・ン、」
「・・・っ・・」
「・・いのっ 」
呼吸が苦しそうで唇を離したら、暗闇でもわかる隆の表情。
とけそう。
間近で聴いた、甘い甘い隆の声。
そんなの目の前に、このまま夜を終わらせるなんて出来るわけない。
そっと隆の額にキスをひとつ。
「ね、隆ちゃん。今日本当に楽しかったから、」
「ん、」
「まだ、またねって言いたくないな」
そう言って、にっと笑う俺を見て、言ってることがわかったみたい。
恥ずかしそうに、はにかんだ笑顔で頷いてくれた。
「 俺も 」
さっき感じた寂しそうな気配は無くなって、今はほわん、とあたたかな熱を帯びている。
俺もきっと。
「ね、隆ちゃん」
「なあに?」
「帰ったらもっと、愛し合おうね」
end