小話《短編集》

□コーヒーカップ・2
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部屋の前に着いてびっくりした。
部屋の扉にドアストッパーが挟まれていて、僅かに隙間ができている。

慌てて隙間に手を差し入れて扉を開け、住人に声を掛けた。

「イノちゃん、お邪魔します!入るよ?」

奥から、どうぞー!と声が聴こえて、俺はストッパーを引き抜くと扉を閉めた。

靴を揃えていると、イノちゃんが玄関に出てきてくれた。

「隆ちゃんいらっしゃい!早く来られて良かったね」

「もうー、ドアちゃんと閉めとかないと!」

「だって、早く隆ちゃんと会いたかったし」

イノちゃんの表情が嬉しそうで、俺が早く来られたことで喜んでくれてるんだって。それがすごく伝わってきて、胸の辺りがきゅうっとなった。

「ゆっくり会うの、久しぶりだもんね。俺も早く来られて嬉しい!」

「ん。っていうか隆ちゃん、すっごい荷物」

「そう!お土産だよ。おやつとか、こっちはサラダとカレーでしょ?あとワインも買って来た!あとはねぇ、」

「まだ、出てくんの?」

「ふふ、そうだよ。ね、これ開けてみて?」

くすくすと笑うイノちゃんに、紙袋から取り出したラッピングされた箱を渡す。
これ何?と問いかけてくるイノちゃんに、頷いて促す。

カサカサと包装紙を解いて、箱を開けて出てきたもの。


「 ペアカップ? 」


イノちゃんの手には、シンプルな白と青の2つのコーヒーカップ。
模様も無い、つるりとした綺麗な白と青。でも2つ並べると、うまく寄り添うようにフィットするデザインで。

イノちゃんの部屋を訪れるようになって、お互い好んで飲む物が違うから、
気にしつつも、ペアカップは置いていなかった。別にいいかって思っていた。

でも、帰りに寄った雑貨屋で、これを見つけて。欲しいな、と思った。
2つ寄り添うようなコーヒーカップが、なかなか思うように会えない自分達を、勇気づけてくれるような。
そんな気がして。


じーっと手の中のカップを凝視して、何も言わないイノちゃん。
そしてここで、ハッとする。

( 俺もしかして!ものすごく恥ずかしいことをしたかも。)

(俺とイノちゃんだよ!同じバンドで!メンバーで!そりゃあ、今更な関係だけど、こんな、いかにも恋人同士みたいな、、、)

(恥ずかしいっ、この贈り物は、ちょっと間違ったかも。ひとりで家で使ったほうが良かったかなぁっ)


ひとり短時間で、あれこれ後悔やら反省やらの波にのまれていたら、突然腕の中に引き込まれていた。

ぎゅうっとイノちゃんに抱きしめられて、耳元で掠れた声が聞こえる。


「隆ちゃん、ありがとう。嬉しい」

「え。ホ、ホントに!?」

「うん」

「ホントの、本当?」

「当たり前じゃんっ」

「・・・良かった、俺、失敗したかなって思った」

「なんで?」

「だって、なんか良ーく冷静に考えたら、恥ずかしいし」

「んなことない」

「・・・本当に恋人同士みたいだし」


言って、またハッとする。
そろ、っと見上げると、ちょっと悲しそうな顔とぶつかった。


「恋人同士でしょ?」

「うんっ。ご、めん。ちょっと言い方、間違った、かも」

「隆ちゃんのこと、ホントに好きだよ?」

「俺だって、イノちゃんが大好きだよ」

「・・・じゃあ、いいじゃん。俺ホントに嬉しかったよ?一緒に使えるじゃん。」

「・・うん。 良かった、喜んでもらえて」

思いつめていた緊張がゆるんで、思わず笑みがこぼれる。
止まらなくて、気持ちに任せて笑っていたら、イノちゃんにもう一度抱きしめられて、そのままソファーに押し倒された。

「りゅう、」

「い、・・・のっ」

触れるキスから、深いものに。
夢中になる。
イノちゃんのキスが、大好きだ。


「アっ・・んん・、」

「りゅうっ、ちゃん」


イノちゃんの指と唇が触れてきて、優しい切羽詰まった声で名前を呼ばれて、もう何も考えられなくなる。

気持ちよくて、愛おしくて。

「ン、・・んっ や ・・あ」

「隆ちゃん好きだよっ 」

俺も好きって言おうとした言葉は、言葉にならない。
言えない代わりにイノちゃんの首筋に腕を絡めて、もっともっと、キスを強請った。



朦朧とする意識の端に、テーブルに並んだ2つのコーヒーカップ。
今の自分達みたいに寄り添って。


あとで一緒に、コーヒーと紅茶を飲もうね。




end


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