小話《短編集》
□大切なもの、音楽と君と。
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『もしもし、隆ちゃん!?』
「イノちゃん‼?あれっどしたの?今ライブじゃ…」
『もう始まるとこ!!』
通話をONにした途端、聞こえてきたのは賑やかな楽器の音と。
イノちゃんの、テンション上がった元気な声だった。
「ええ!?電話してる場合じゃないんじゃないの?」
『電話したかったの!』
「え?」
『隆の声!聞きたかった』
「!!?」
『隆ちゃん今、家?』
「う、うんっ」
『…じゃあさ。言ってくれる?今ここで』
「うん?」
『 …って。』
「い、いまっ!?」
『そう、お守りにするから』
「…なんか…恥ずかしいよ…」
『俺しか聴いてないよ?だから…』
「う、ん……わかった。…じゃあ、」
『ん、』
「 」
『………』
「あの…イノちゃん?」
『うん。ありがとう隆ちゃん』
「こ、これで良かった??」
『もちろん‼気合い充分!』
「ん、良かった。行ってらっしゃい」
『ありがと!』
通話を切ってホッと息をつく。
…すこし緊張してたのかな?
でも俺でも役に立ったみたいで、良かった。
……というか。
俺は今、イノちゃんに嘘をついた。
俺は今家には居ない。
居るのは、ライブ会場のステージ袖。
……イノちゃんの、ライブの。
事の発端はつい先日だった。
共通の知り合いの舞台監督さんと会った時に、俺がもらした一言。
イノちゃんのライブ、観に行きたいな。
独り言の様に零した言葉を、その人はしっかり拾って。あれよあれよと言う間に、今日俺がここへ見学に来る段取りを、用意してくれたんだ。
ちょっと出て歌う?なんて提案もしてきたけれど、それは丁寧にお断りする。
だってこれは、イノちゃんのライブ。
イノちゃんが命を吹き込んで作った曲を、彼の愛するバンドメンバーと奏でて、彼のファンと共に創り上げるライブだから。
ここでは俺は、一聴衆としてライブを見届ける場面だ。
彼が最高に輝けるように。
今日ここへ来るのは、イノちゃんには内緒。そっと観に来て、そっと帰る。
監督さんは、そんな遠慮しなくても…と言ってくれたけど。元々急に観に来ることになって、イノちゃんは知らない事だし、これでいい。
いきなり居て、変に気を遣わせるのも、嫌だ。
イノちゃんのステージに出て一緒に歌えたら楽しいだろうな…とは思うけれど、元メンバー同士という事が、俺の足を止める。
…難しいな。考え過ぎかな。…何て色々考えてたら、音楽が最高潮に大きくなり、暗転する。
監督さんに言われたステージ袖の片隅から、そっと覗く。
イノちゃんを、メンバーを呼ぶ、大歓声。
どきどきする。
イノちゃんのライブが始まる。