小話《短編集》

□眠りの森の歌姫
1ページ/1ページ






眠るって、とっても気持ちいい。
安眠の条件は、季節によっても違うけど。

夏はサラサラのシーツと、タオルケットに包まれて。
冬はふかふか柔らかいシーツと、ふんわり暖かい布団に包まれて。

加湿器の小さな音と、お気に入りの枕。


…それから。同じベッドで眠ってくれる、あなたの存在が必要なんだ。








………………


「隆〜?すっげえ眠そうだぞ?」


スギちゃんの声が頭上から響いた。


その声で、少しだけ。
意識がクリアになるのがわかって。
まだ閉じていたいと主張する瞼を、なんとか無理矢理こじ開ける。



「ん…。……めむい…」


「ハハッ」


恐らく舌ったらずに呟いた俺に、Jも俺を笑ったみたいだ。





仕方ないじゃん。
今、何時だと思ってるの?







今夜俺たちは、番組の収録の仕事に来ている。
今期からスタートする、新しい音楽番組。スタジオからスタッフから、新しいもので溢れた現場で。
フレッシュ感が満ちていて、いいなぁ…と思っていた。……はじめは。


というのも。

何しろ、段取りがあまり良いとは言えなくて。
LUNASEA様。と用意された楽屋に行ってみたら、なんと衣装が届いてない。( 後に別の楽屋にセッティングされていた事が判明 )

あと何か、楽屋にいても聞こえるくらいの、スタッフ同士の怒号が…すごいなぁ…。

極め付けは、他の出演者との収録のタイムテーブルが、上手く出来ていなかったみたいで。
収録時間が、押しまくっている。今現在。

開始時間も、元々遅かったけれども、予定ならもう終わってる筈の時間だよ?


まぁ、そんな訳で。短い時計の針は、もう随分と上の方に行っちゃった時間だけど。
俺たちLUNASEAの出番は、もう少し先らしい。




「隆ちゃんは早寝早起きだからねぇ」


楽屋のソファーに座る、俺の隣で。
イノちゃんが、俺の方を見て言った。…気配がした。

何しろ目が上手く開けられないから、気配くらいしかわからない。




「しっかし。ひでえな」

「まぁ、長くやってりゃ色んな事あるよな!俺らもホラ、程良く歳くって、昔みたいにすぐキレなくなったからさ!ここのスタッフ命拾いだな」


真ちゃん。ナイスフォロー。



「…つーか。冗談抜きでさ、隆、歌える?今日やる曲ハードなヤツだし」


スギちゃん!俺をなんだと思ってるの。何年ヴォーカルやってると思ってるんだ。リハだって、コンディションだって本番に合わせてやって来てんだからね!
ステージにのって、皆の演奏があれば、いつだって歌えるよ。

……ステージにさえ、辿り着けばね…





色々と取り留めなく、思考を巡らせていたら。
またイノちゃんの声が降ってきた。




「隆ちゃん。微睡んでるより、短時間でも集中して寝た方がスッキリするよ?出番まで寝てなよ。」

「…ん?」

「俺を枕にして、いいからさ」


ほら。って言って、イノちゃんは俺を引き寄せて、肩に寄っかからせてくれた。



( あ…。イノちゃんの、いつもの感触だ )


ベッドの上で、俺を抱いてくるイノちゃんを思い出す。
細く見えるけど、イノちゃんの腕は逞しくて強い。抱きしめられたら、離れられない。
それから、良い匂いがして。

とっても気持ちいい、イノちゃんの抱擁。


…っていうか…ここ…みんなも…いるよ……見られちゃうよ…………まぁ…いっか……




ふわふわして…気持ちいいなぁ…











…………………


遠くで声が聞こえる。

誰だろう…なんか、謝ってる?

誰?




「お待たせして大変申し訳ありません‼」

「やれやれ。もうちょっと段取り、しっかり組まないと」

「つーかウチのヴォーカル、がっつり寝てるよ?」

「あ…RYUICHIさん、申し訳無い…」

「早寝するヤツでさ」

「…そうでしたか…」




さっきから、うるさいよ。

うるさいし、揺り起こさないでよ。
まだ眠いんだから。




「寝付きいいなぁ…コイツ」

「隆、起きないね」

「うーん…起きたとしても、大丈夫かね」




だから、大丈夫だって…

歌えるってば。



目が、覚めたら。






「悪い。みんな、先行ってて?」

「え…イノは?」

「決まってんじゃん」

「?」

「隆ちゃん、起こすから」














なんだろ…あったかい…。



「隆ちゃん、起きて?」



イノちゃんの声だ。




あと、イノちゃんの…







「っん…ッ…」

「はぁっ……」

「…ふ、…ぅ…っ」

「早く起きないと…ここでシちゃうよ?」


「ん…っん…ぁ…」

「ね…もう起きて………俺の…」


ーー俺の歌姫ーー










「イノちゃん…」

「あ、起きたね?」

「ん…おきた」

「歌える?」

「歌える」

「…まだぼんやりしてんじゃん」

「してなぃ」

「舌足らず。」

「ちがうよぉ」

「…違わない。もっと目、覚まそうね」

「イノちゃっ…」

「姫はね、王子のキスで目覚めるんだよ」

「ゃ、…」

「や、じゃないでしょ?嘘つきな、お姫様だね」




「イっ…ぁ…んっ…」





「それともホントに、シちゃおうか」











………………………




王子の愛をめいっぱい受けて。


姫は、目を覚ましましたとさ。


歌もしっかり、歌えたそうです。




end?


次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ