小話《短編集》

□君と喧嘩した。
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隆と喧嘩した。




事の発端は…ていうか。もう今となってはキッカケが実に情けない理由で、忘れ去ってしまいたい。
後悔先に立たずって、ああいう事かと、今更ながら身をもって実感する。
先に言っておくと、隆は何も悪くない。もう1ミリだって悪くない。
…今回は俺が。勘違いして、先走って、悲しませて…。
今こうして思い出すだけで落ち込む。




何であんな事…言っちゃったんだろう…。








この日は、ルナシーでの歌番組の収録の仕事に来ていた。通常の番組より大型のスペシャル枠のものだったから、出演者もそれなりに多くて。
どんどん進んで行く収録の待ち時間には、顔見知りのアーティストと久々に会えたりして。そんな合間の時間は、なかなか楽しい。

俺もちらほら見かける知人と、挨拶したり、近況なんか話したり。
他のメンバー達も、なんか楽しそうに話してる。それぞれ待ち時間を有意義に過ごしているみたいだ。


ちらりと辺りを見回した時、あれ…?と思う。
隆の姿が見当たらない。
さっきまでそこで、後輩のアーティスト達と話してたと思ったんだけど…。

何しろ出演者が多いから、通路もステージ袖も人数が多い。俺は声を掛けられる毎に会釈をしつつ、隆を探す。
順番もそろそろだ。


「隆ちゃん…もうすぐなのに」


どこ行った?とステージ袖を抜けて通路の方へ戻って探しに行ったら。




「!」




長い通路の向こう側の角から隆が飛び出して来て。小走りでステージ袖のあるこっち側に駆け寄ってきた。
隆ちゃん!と、声を掛けようとして、次の瞬間、俺は動きを止めた。

隆の後を追うように後ろから出てきたのは、俺らより年上の男性歌手で。ヴォーカリスト同士、隆と仲の良い相手だった。

隆は通路の途中で一度振り返ると、その人に会釈をしてにっこり微笑んで。その人も年上らしい、余裕のある笑みを隆に返した。






「………」





何だよ。今の表情…。






嬉しそうに。
恥ずかしそうに。
頬を染めて、隆は笑ってた。






















「おっ疲れ〜‼」


俺らの出番が終わって、控え室に戻って帰り仕度をする。
真ちゃんは、これから飲みに行く?とJを誘ってる。誘いに乗って、スギゾーにも声を掛けてる。
このままいくと、俺も誘われるな…と思ったけど。
ちょっと正直、それどころの気分じゃなかった。


さっきの隆の、あの表情が頭から離れなくて。




「イノは?飲み行くだろ??」


上機嫌で真ちゃんが声を掛けてくれた。
いつもだったら即、誘いに乗るけど。



「ごめん真ちゃん。俺、明日早くてさ。…また誘って?」



ごめんね。と手を合わせて断ると、真ちゃんはちょっと残念そうに眉を下げたけど。そっかぁ、じゃあ、今度また行こうな!と、ポンっと肩を叩いた。

心の中で、ごめん。と、もう一度謝って、はぁ…っとため息をつく。





やだな…。
すげえ、もやもやする。
隆が誰と話したって、誰に笑いかけたって。そんなの俺が制限する権利なんて無い。隆の自由だ。
逆に隆に、こんな事であれこれ言われた事なんか無い。

なんか俺、超心が狭いヤツみたいじゃん…。



…でもさ、隆のあんなカオ。
俺以外にして欲しくない。




「嫉妬だ…こんなの」



カッコ悪い…独占欲だ。












「お疲れさま!」



少し遅れて、隆が控え室に戻って来た。
今日歌ったのは一曲だったけど。隣で聴いていて、やっぱり隆の声はホントに気持ちよくて。天井を突き抜けて、空まで届きそうだった。
あの歌を隣で聴いている時は、ぐちゃぐちゃ悩んでいる事も、忘れてた。

なのに…終わった途端、これだ。


なんか…隆の顔を見ると、何を口走ってしまうか分からなくて。
要らない事を、言ってしまいそうで。

ホントはこの後、隆と夕飯でも食べて帰ろうと楽しみにしてたけど。
今日はもう帰って早く寝てしまおうと、持って来た荷物を手に、早々に控え室を出ようとした。





「イノちゃん、ちょっと待って」




隆の朗らかな声が、俺を呼び止めた。
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