小話《短編集》
□内緒。
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只今、全国ツアー真っ最中。
ライブも、残すところあと数本だ。
明日ライブを控えて。
俺たちルナシー一団が今いるのは、日本地図の上の方。
関東圏から出発したツアーは、日本列島をアッチ寄りコッチ寄りしながら南下して。一週空けて、今度は北上して最後は東京に戻る。
全国ツアーならではの楽しみや苦労を味わいながら、俺たちは日本中を駆け巡る。
会場から少し離れたホテルに、ライブ前日から俺たちは身を置いている。
ゆったり広々したホテルの中は落ち着いていて、俺はすぐに気に入ってしまった。
そんなホテルのレストラン階にある和食屋の前で。
俺たち( 俺 )のヴォーカリストが、難しい顔をしてショーウィンドウを見つめているのを発見した。
( 隆?)
なに見てんだろ…。すっごい真剣だ。
俺の今いるところからは、横顔と後姿しか見えないけど。めちゃくちゃ悩んで、考えてる波動みたいのが見える気がする。
そっと後ろから近づいてみる。
…気づかない。
もう少し、すぐ側まで寄ってみる。
…まだ気づかない。
それならばと。
「りゅーちゃん」
「わぁっっ ‼?!⁇」
急に後ろから抱きしめられて、隆の身体が大きく跳ねた。
首だけ後ろを振り返った隆の顔は、焦りと驚きの表情が浮かんでる。
「もぉっ!イノちゃん、びっくりしたじゃんか」
「だって隆ちゃん、すっげえ真剣なんだもん。俺に気付いてくんないし……何見てたの?」
俺の言葉に隆はキラリと目を輝かせて、「ん!」とウィンドーの中を指差した。
「?」
隆の指先をずっと追った先には。
「お汁粉?」
コクコクと隆は頷いて、俺の腕をガシッと掴むと輝く表情で迫ってきた。
「あの見本、こし餡に見えるでしょ?つぶつぶ見えないよね?俺こし餡のお汁粉大好きなんだ!」
「…あーーー…。つまりこし餡か粒餡か見極めてたって事ね」
「そうっ!」
相変わらずにこにこ笑って、超嬉しそう。ホントこーゆうの好きだよなぁ…なんて見ているコッチまで顔が緩んでくる。
隆のこのノリに付き合ったら楽しそう‼って思えて。俺は隆の腕を掴むと、和食屋の暖簾を潜った。
急に連れ込まれた隆は呆気にとられているみたいで、パカっと口を開けて俺に引きづられてる。
お好きな席へ。と言われたから、落ち着けそうな半個室みたいな窓際の席に座る。
お茶を運んで来た店員に、お汁粉とコーヒーを注文。
こんなオヤツの時間でもない平日の真昼間だから、他の客は取り敢えず見当たらない。
突如訪れた隆と二人きりの時間に、俺は嬉しくなってそわそわする。
そしてやっと状況を飲み込んだらしい隆が、おずおずと俺を上目遣いで見て言った。
「あの…イノちゃん?」
「ん?」
「えっと…この状況…」
「デートだろ?」
「えっ?」
「あのお汁粉食いたいんでしょ?ご馳走するよ。最近ツアー回りで二人きりなんてなかなかなれないから。…いいじゃん?こういうのも」
「イノちゃん…」
ほわっ…と、隆は顔を赤らめて。これは久し振りのデートなんだと認識したのか、急に恥ずかしそうに俯いてしまった。
この隆の表情。
これは、皆んながいる前では、隆は決して見せない。
ーーー俺だけに許してくれてる、隆の表情。
( ……かわいい)
決して面には出さないけど、内心緩みまくってる俺の顔。こんなドキドキして、隆がかわいいってじっくり観察するのも久し振りだ。
ツアー中に少し伸びた隆の髪。今はセットもしてないから、無造作に流してる黒髪が妙に艶っぽい。その隙間から赤く染まった頬や目元が覗いてる。口元もうっすら微笑んでるみたいに唇を噛んで、まぁとにかく。
( 至福 …)
俺が密かに幸せを噛みしめていると、お待たせいたしました。と注文したものが運ばれてきた。
黒塗りの椀が小さな盆に乗って隆の前に静かに置かれて。俺には一点一点釉薬の色合いが違いそうな、青いカップに注がれたコーヒー。
隆ちゃんはまだ蓋が閉じられた椀からじっと目を離さず見てる。
…透視してるわけじゃないよな。
「食べたら?」
冷めちゃうよ?と促すと。
隆は嬉しいのを抑えるみたいなウルウルした目を一瞬俺に向けて。
手を伸ばして蓋を取った。
「わぁ…」
湯気まで味わうような、吐息を含んだ感嘆のため息に続いて、箸を取って手を合わせる隆。
「いただきます」
一口食べて、じわ…と広がる隆の笑顔。
ホント。品良く、美味そうに食うな…と思う。こんなに幸せそうにするから、俺はいつも人外の物にすら嫉妬するんだ。
今回のライバルは汁粉か…。とちょっと遠い目でコーヒーを啜る俺。
そして、そういえばと。
「こし餡のお汁粉だった?」
「うんっ!すごく美味しいよ!イノちゃんありがとう」
「良かったね、お汁粉も幸せって言ってるよ」
「へへっ!」
超にっこにこの隆。
こいつがステージの真ん中で圧倒のパフォーマンスをするなんて、ちょっと信じがたいとすら思う。でも、ステージの外で。皆んなでワイワイしている時とも違う。
この、ほわほわした柔らかな隆を見せてくれるのは俺にだけって。恋人にだけって、自惚れてもいいよな。
「…デート」
唐突に隆が呟いて、思わず声が出なかった。
隆は返事が無い俺にムッとする事もせず、もう一度同じ事を呟いた。
「デート」
「え?」
いまいち飲み込めてない俺に。
隆は本日一番の笑顔付きで言った。
「デート、楽しいね!」
「ーーー…」
「イノちゃんとデートできるの…」
「ーーー」
「イノちゃんとデートしていいの、俺だけだよね?」
「ーーーーー」
完敗だ。
まるで小悪魔だ。
俺は一生隆の笑顔に振り回される気がする。いや…。笑顔だけじゃなく、色んな隆に。
「ご馳走さまでした」
俺が隆のあれこれに翻弄されてる間に。隆はキレイに食べ終えて、手を合わせている。
「美味しかった」
ペロリと。赤い舌で唇を舐めて、またコッチを見て微笑む隆。
「………」
…もう無理だ。
残ったコーヒーをぐっと飲んで伝票を掴む。俺が立ったのを見て、隆も慌てて立ち上がる。
隆が席の外に出ようと足を踏み出した瞬間。ここに来た時みたいに、隆の腕を掴んだ。
また、ほわん…とした隆の顔が視界を掠めたから。
そのほわほわした感じ、全部欲しくなって。
隆の後頭部に片手を回して、いきなり深く。唇を重ねた。
デートも久し振りだったけど、こんな深いキスも久し振りだ。
ツアーが終わるまで我慢って思ってたけど、無理だ。
「…ン…っ ん……」
隆は必死に声を抑えようと、俺のシャツの裾を握り締める。
それでも、隆にとっても久し振りのキス。いつしかここが店内って事も忘れるくらい、二人で求め合ってしまった。
「っはぁ…」
「俺も、ごちそうさま」
「イノちゃ…」
「我慢なんて無理だよな」
「ん…」
「隆ちゃんかわいいから」
「…イノちゃんもカッコいいもん」
顔を見合わせて、声を潜ませて笑う。
みんなには内緒だよ?
二人だけの秘密だよ?
店を出たら。またいつものイノランと隆一。ギタリストとヴォーカリスト。
名残惜しげにもう一度唇を触れ合わせて。今度こそ二人で店を出る。
「残りのライブ、楽しもうね」
「そうだな。思い切りいこうな」
力の限り出し切って。
心の底からやり切って、みんなでゴール出来たら。
「またデートしようね」
end