長いお話《連載》

□2…こぼれた想い。
1ページ/3ページ







懐かしい思いで、イノランは再び口元に笑みを浮かべた。


あの日からだった。
隆一と居る時、隆一の事を考える時だけに現れる。
イノランが、ずっと昔から心の中にあった、正体不明の???の存在が、はっきりと判ったのは。


隆一に恋をしていた。
好きになっていた。
きっと隆一を、初めて見た時から。

自覚した、その事実の大きさに。
自分自身、衝撃を受けると思いきや、イノランはとても素直に、むしろ喜びをもって受け入れた。

出会ってから今までの年月の長さに、もったいない…と苦笑いを漏らすと共に。
急に世界が潤んだように、煌めき始めたような、そんな感覚に。
イノランは驚きと感激に、胸を震わせたものだった。


ずいぶんと冷えてきた外気を吸い込んで、ふう…と吐き出す。

終幕が決まってから、イノランの心が晴れない。その理由は。

隆一と一緒に、居られなくなる事だった。


終幕したって、元メンバーである事に変わりはないんだから。
会おうと思えば会える、とか。
音楽を続けていれば、会う機会だってあるはず、なんて。

そんな単純な考えでは、もう納得出来なくなっていて。

考えれば考えるほど、頭の中はぐちゃぐちゃになって。
正直、この感情をどう片付けたらいいものか、自分はどうしたいのか。
わからなかった。


時計を見ると、そろそろ休憩が終わる時間で。イノランは溜息をつきながら、屋上を後にした。





スタジオに戻ると、隆一が声を慣らしていて。イノランが入って来た時に、一瞬ホッとしたような顔をしたのを、イノランは見逃さなかった。

何となく辺りを見回すと、また何か不穏な空気がながれている。


近頃は、楽屋も別々。あまり話もしない状態になってしまっているから。
こんな長時間のレコーディングで、ずっと顔を突き合わせていると、重い空気が充満しても仕方がないのかもしれない。

こんな状態の今だから、スタッフもどこまでメンバーに介入していいのか躊躇っているようだった。

それでも時間は待ってはくれない。
レコーディングを終わらせなければならない。

隆一がブースの中へと入って行く。
扉を閉める前、ほんの一瞬メンバーの方を見た、隆一の瞳が。

終わりだよ?最後だよ?
こんな終わりでいいの?

そう、訴えているようで。
イノランは隆一から、目が離せなくなって。
これからたった一人で、最後の歌を歌おうとする隆一に、苦しい程に胸が締め付けられて。

イノランは言った。



「隆の歌、聴こう?」



隆一の伸びやかな声無くして、どうルナシーの曲を作り上げるのか。

フロントマンとして、常に外と内の間にいてくれた隆一。
心無い言葉も、様々な負の感情も、一番その身に受けてきたのではないだろうか。
それでもいつだって、音楽で魅せたいと。何でも無いように笑って、和ませて、綺麗な声を響かせてきた。

だから。今のこの、隆一を慮ってやれない状況が、悔しかった。
次へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ