長いお話《連載》
□6…夜のひかり、君のとなり。
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撮影スタジオを後にして、地下の駐車場まで歩く。
残りの半日は、ライブまでの間で唯一まとまったオフの時間。夕べも、終幕までもうゆっくりできないね…なんて話していて。
そんな貴重な半日オフをどうするか考えて、結局、2人一緒に過ごす事に決めた。
予定も立てず、その時の気分で。
「お腹空かない?」
「そうだな、朝も結局食べてる余裕が…」
「イノちゃんのせいでしょ?」
「ん?」
「…クロワッサン、美味しそうだったのにな」
「食えば良かったのに」
「あの状況で‼無理でしょう!?」
「何で?」
「……だって…イノちゃんが」
隆一が上目遣いで不貞腐れたように呟くと、イノランは平常心が揺らぐのを感じたが。
ポーカーフェイスを保って、逆に挑発的に口元を歪めて隆一に詰め寄った。
「なに、俺が?」
「え?…だ…だから」
いつのまにか間近に来ていたイノランに、抵抗にもならない、睨んだ目を向ける。
「ナニ?」
「ーーーーーーそんなに見られたら、何にも出来ない!」
「…………」
「イノちゃんしか見えなくなっちゃうっ」
ふわっと、イノランの匂いが濃くなった。ぎゅっと抱きしめられた事に気がついて、胸が高鳴る。
その匂いに、体温に。心地よくて隆一はそっと目を瞑った。
「隆ちゃん、かわいい」
「かっ、…かわいくなんかないよ!」
「そう?俺は、めちゃくちゃかわいいと思うけど?」
楽しげにそう言うと、コンクリートの柱と車の隙間の壁に、隆一を押し付ける。打たない様に後頭部に手を添えると、深く唇を重ねた。
「…ン、っ…っ」
いつ誰が来るかわからない状況に、隆一の霞んだ頭は羞恥でいっぱいで。
声を漏らさないよう、必死にイノランに縋り付いて、ぎゅっと服を掴んだ。
それがかえってイノランを興奮させて、いっそう甘く隆一の唇を奪う。
隆一の顎を混ざり合った唾液が伝って。もう限界というように、苦しそうな隆一の吐息が溢れる。
「ァ、んっ…ンっン…」
「…はぁ、…っ」
イノランはぺろりと隆一の唇を舐めると、頬を染めて息を乱す恋人を、愛おしげに見つめた。
「ほら、かわいすぎて止めらんないよ」
熱っぽい瞳と声でそんな事を言われて、まともに目なんて合わせられない。恥ずかしくて、隆一はイノランの胸に顔を埋めた。
一瞬その行動にびっくりして目を見開いたイノランだったが、震える手で抱き付いている隆一に目を細めて、抱きしめ返す。
「隆ちゃんは、俺にかわいいって言われんのイヤ?」
「……イヤじゃ、ないけど…」
「ん?」
「…恥ずかしい……。」
「じゃあ、いい?イヤじゃないなら。これからも言っていい?」
「ーーーーーー………うん…。」
「ありがと。俺、隆ちゃんのかわいいとこも、恥ずかしがってるとこも全部好きだよ?」
「もうっ!そーゆうのが恥ずかしいの‼」
「じゃあ隆ちゃんもさ、俺の恥ずかしがること見つけて?そうすれば、不公平じゃなくなるでしょ?」
「ええ!?イノちゃんの?なんかあるの?無敵って気がするんだけど」
「なんかあるって!俺すら気付いて無いこと。隆ちゃん見つけてよ」
「んーー…わかった。なんか、あるかなぁ…」
「ふふ、…んじゃ、とりあえず行こっか!メシ食いに」
「わあい!行こう!お腹空いたぁ!」
先程までの艶めいた表情は影を潜め、子供のように笑顔をふりまく隆一に、イノランは感嘆の溜息をつく。
ころころ変わる表情を、見ているだけで楽しくなる。
知らない表情も知りたくて、自分にしか引き出せない隆一を、暴いてみたい。そんな欲求に駆られる。
ずっと想っていた相手と心を通わせることが出来た途端、その次が欲しくなる。…なんて、イノランは自分の欲深さに、苦笑を零した。