長いお話《連載》
□6…夜のひかり、君のとなり。
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「隆ちゃん寒い?」
思考の波にのまれそうになった瞬間。
低く落ち着いた、最愛の人の声が囁く。びっくりして隣を見ると、優しいイノランの瞳が向けられていた。
隆一はドキンと胸が跳ねるのがわかったけれど、ふるふると首を振った。
「大丈夫。寒いんじゃないから」
「ーーーーーーーーーーこわい?」
「ーーーえ……何で?」
わかるの?
「隆ちゃんの考えてる事くらい解ってなきゃ、恋人なんて務まらないだろ?」
そう言って、隆一の手を包み込んで握りしめる。
「終幕したら、みんなひとり。今回は期限ナシの、独りきり。」
「……うん。」
「俺もこわいよ」
「………」
「…でも、こわい以上に、楽しみ」
「え?」
「ルナシーじゃ出来ない事、いっぱいしてみたい。行けなかった所にも、行ってみたい」
悪戯っ子のように、おどけて笑うイノラン。隆一は毒気が抜かれたように脱力した。
「大体、隆ちゃんこそ、どんどん先行っちゃうでしょ」
「そんな事ないよ」
「あるよ。前回は追っかけんので精一杯だったし」
「ええっ?」
「でもね。今回は、違うから。隆ちゃんと肩並べて行けるくらいになるから」
「イノちゃん…」
急に真剣な顔で、真っ直ぐ見つめてくるイノラン。不意に手を引かれて、強く抱きしめられる。隆一が息をするのも忘れるくらい、その腕に強く包まれて。
目頭が熱くなるのを感じて、慌ててぎゅっと目を閉じる。
すると頭上から優しい声が降ってきた。
「依存して、甘えた関係でいたい訳じゃ無い。ーーーーでも隆ちゃんが辛い時、どうしようもない時さ。俺を呼んで欲しい。終幕したって、俺らの恋人同士の関係が終わるわけじゃないでしょ?」
「ーーーーーーーーーー」
「それに、俺は悲観的になんかなってない。いつかまたーーーーーーーって」
「イノちゃ…」
「だから、もしもそん時が来た時。アイツらに見せつけてやろう?めちゃくちゃ輝いてる俺らをさ」
ね?とウィンクして見せるイノランに、隆一の瞳から一筋二筋と、涙が溢れてゆく。
「ーーーーー俺も、いつか……また、」
「うんっ」
「イノちゃん…」
「ん、」
「…イノ、」
「ん?」
ーーーー側にいて。
微かな掻き消えそうな小さな声で。でも込められた願いは、切ない程に強いもの。涙に濡れた瞳に見つめられて、耐えられるはずなんてなかった。
「決まってんじゃんっ」
隆一の両腕が絡み付いて唇が重なる。
初めての、隆一からのキス。イノランは喜びでいっぱいで、すぐに自分からも隆一を求めた。
「っ…ん、…イノ…」
唇を解くと、泣き濡れた目元にもキスを落とす。くすぐったそうな隆一の微笑む声が聞こえると、顔を覗き込んだ。
「イノちゃんありがとう」
「こちらこそ、ありがとう。だよ?」
2人でクスクス笑って、暗闇でもわかる嬉しそうな表情をみていたら、また堪え切れなくなって、触れ合うキスを繰り返す。
間近で重なる隆一の瞳の奥に、微かに揺らめく色を見つけて。イノランの心が激しく高鳴る。ドキドキとうるさい程で、冷静な思考を邪魔していく。
隆一もそれを望んでくれているのか?
イノランは、その問い掛けを込めてもう一度、隆一の瞳を見ると。また、ゆらりと艶やかに色めくのがわかって。
ゴクリと息をのんで、高ぶる気持ちを抑えて言った。
「隆ちゃん…最後の、ライブの日」
「ん?」
「ライブが終わって、スタッフ達と、打ち上げが終わったあと…」
「?うん。」
「ーーーーー隆ちゃん、俺の家に…来て欲しい。」
「え?ーーーー……あ……」
真剣なイノランの、たどたどしいけれど真摯な言葉に。隆一はその意味する事を、理解して。瞬時に頬が染まる。
その初々しい隆一の反応に背中を押されて、自分の望む決定的な、言葉を言った。
「隆ちゃんを、抱きたい。隆ちゃんの全部が、欲しいよ。」
不覚にも自分の手が震えているのに気付いて、心の中で己を叱咤する。
すると顔を真っ赤にした隆一の唇も、小さく震えているのを見て、愛おしい気持ちがこみ上げる。
だから、出来るだけ怖がらせないように、ゆっくりと問うた。
「…イヤ?」
ぶんぶんと首を振る隆一。
それを見て、ひとまずホッとする。
「………怖い、よね?」
その問いにしばらく逡巡した隆一は、コクリと小さく頷いた。
当然だとイノランは思った。
恋人になったとは言っても、2人の時間はそれまでの、メンバーとしての時間の方が遥かに長くて。それに。
好きになった相手の性別なんて、関係無いと思っているけれど、初めての事への不安が、無い訳じゃない。
けれども、とイノランは思う。
始めから全て上手くいくなんて思っていない。音楽だって、そうだったはずだ。失くしてはならないのは、相手への尊敬と、愛情。
思った事をそのまま隆一に伝えたら、強張った身体が脱力して、笑顔が広がった。
そっと頬に指先を添えて、もう一度問いかける。
「隆ちゃん…いい?」
隆一は頬に添えられたイノランの指先に、自身の指を重ねる。そしてゆっくり頷いた。
「いいよ、イノちゃん。……俺も」
イノちゃんと、ひとつになりたい。
「隆ちゃん…」
光輝く夜の庭で、2人の影は隙間の無いほど重なって。
しばらく、離れることは無かった。