長いお話《連載》
□7…願いと、歌声。
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翌日からはまた仕事だ。
朝から夜まで、忙しい。
日付が変わる前に、イノランは隆一を家へと送った。
「イノちゃん、いっつもありがとう。送ってもらって」
「全然!しばらくは無理だけどさ、落ち着いて時間が出来たら、またどっか行こう?」
「うんっ!」
嬉しそうに頷く隆一を見て、こみ上げるものを感じる。
イノランは隆一を引き寄せると、そっと唇を重ねた。温もりを感じて、すぐに離れる。
「…イノちゃん」
「仕事中は出来ないから、今のうちに、隆ちゃん補充。」
「……キス、いっぱいしてるのにね」
「足りないよ。フルになることなんて無いんじゃない?」
「そうだね…。俺も足りない。ーーーー…ね。イノちゃん」
「ん?」
「今のじゃ、足りない…。ライブ乗り切れるくらい…もっと。」
ゆっくり目を閉じて、キスを待つ隆一の姿が、あまりにも煽情的で。
いとも簡単に、イノランの心に情欲の火がつく。
せまい車内に、お互いの吐息と水音が響く。鼻にかかった隆一の小さな声が漏れる度に、背筋が強張るくらいの快感が走る。
「ンッ……ァ、ん…」
「…っは、」
「…んっ……んぅ」
イノッ…
隆一の涙で潤んだ目が見上げてきて、イノランは止まらなくなりそうな心を何とか抑えて、身体を離した。
「は…ぁ、…」
大きく息をついた隆一は、同じように息を乱すイノランを見上げた。
「もっともっとって思っちゃうから、やっぱ足りないね。でも、気合い十分。」
「ん。俺も」
「歌うよ。」
「弾くね。」
顔を見合わせて笑い合う。
「じゃあ、また明日ね」
「うん、隆ちゃんおやすみ」
「イノちゃんも、おやすみ」
バイバイ、と手を振って別れる。
……………
部屋に戻った隆一は、シャワーを浴びようとバスルームに直行する。
そしてイノランから借りたシャツを手に、キレイにして返さなきゃな…と思う。
明日クリーニングへ…と思いかけ。フト、それよりも…とシャツをまじまじと眺めて考え直した。
自分の手で、丁寧に洗ってキレイにアイロンをかけて、ピシッと畳んで返した方が、もしかしたら喜ぶかもしれない。
そんな事を考えて、隆一は目を細める。
「よし!そうしよ。」
隆一は洗剤を手に取ると、どこか楽し気にバスルームへと入って行った。
今日は朝から忙しい。
分刻み動かないと、回れなくなってしまう。
終幕とあって、通常よりも様々なところから仕事の依頼があり、しばらくこんな状態が続きそうだ。
来週からは、いよいよライブのリハーサルも始まる。
物思いに耽る余裕も無く、メンバー達は皆、忙しなかった。
隆一は3件の仕事を終え、一旦事務所へ立ち寄った。これから夜、もう1件の仕事が入っている。
微妙な空き時間が出来たから、ここで少し、休憩できる。
事務所の控え室に入ると真矢が居た。
「よお!隆ちゃんおつかれ!!」
いつもの真矢の朗らかな笑顔に、隆一はホッとして挨拶を交わした。
「真ちゃん、まだ仕事?」
「そうそう。この後もう1コ取材〜」
「俺と一緒だ。ちょっと休みに来た」
そう言いながら真矢の向かいの席に座って、持って来た紅茶を啜る。
真矢は大きく伸びをして、あ〜あ。と溜息をついた。