長いお話《連載》

□8…跳んだままで、ずっと。
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円陣を組んで、メンバー5人、顔を突き合わせる。
いつも以上の想いが、流れ込んでくる。色んな感情がぐちゃぐちゃに混ざって、窒息しそうだ。

隆一はゆっくり呼吸をすると、語りかけるように言った。


「最後です。これ以上ないくらいでいきましょう。
ーーーーーーーーーーーーー……でも、いっこだけ、言わせて。」


凛とした隆一の表情が、一瞬、揺らぐ。4人の視線が、隆一に注がれる。


「俺は、4人の演奏でなければ、ルナシーの歌は、歌わない。」


キン…と空気が張り詰める。
隆一は躊躇うことなく、言い放つ。


「でも、いつか。…いつかまた、歌う日を、諦めない。諦めたくない。」


隆一の言葉が、4人の。今一番弱い、心の部分に突き刺さる。
その傷は、強い痛みと、甘美な疼きとなって。もう治らない傷跡になる。
たとえ、忘れてしまったとしても。


清々しい表情で、4人をじっと見つめてくる隆一。
メンバー達は余計な力が抜け落ちたように、吹っ切れた気持ちになってきて。

あぁ、あの頃から、変わらない。と諦めにも似た、笑みが溢れる。


ライブハウスで、4人で初めて隆一の歌声を聴いた時から。
その揺るぎない瞳で、笑顔を向けられた時から。
全てを断ち切るなんて、無理なんだ…と。
4人の音と隆一の歌声は、一緒に在って。そして、いつかまた。それぞれを渇望してしまうのだろう。


言いたいけれど、言葉にできなかった、いつか未来の可能性を。
隆一は言葉にしてくれた。
きっとそれが、自分の役割だと思っているのかも知れないけれど。
こわいのは、隆一も同じだってことが、微かに震える指先と、噛み締めた唇でわかって。


熱く、痛いくらいの想いが、メンバーの胸に湧き上がる。




歓声がひときわ大きく、5人を包む。
いつも思う。身体が浮くような感覚。
音の波に乗って、ふわりとセンターに立つ。

隆一の第一声が響いた。



その後は、夢中で。
ただ、全身全霊で。想いを届けた。

正直。必死で、あまりよく覚えてなくて。気がついたら、もう最後の曲で。
メンバーみんな、汗だくで。
ステージから見える、ファンの子達の泣き顔が、よくわかって。

あぁ、ホントに次が最後なんだと、実感して。
不覚にも、景色が揺らめくのがわかって、ぐっと唇を噛んで、耐えた。


(俺が泣いたら、ダメだ。)


真矢のカウントで、全員が跳ぶ。
銀テープが舞う。
隆一はその輝く光景を、目を細めて眺めた。

…きれい……


このままずっと、歌っていたい。


「っ……」


また視界がブレ始める。
熱くなった目元は、さらに潤んで、咽喉を刺激する。
声がうまく出せなくて、歌詞がとぶ。

(だめだ、声がつっかえる…っ…もう最後なのにっっ!)


その時、隆一の隣にするりと寄り添ったのは、イノランで。
隆一の持つマイクに向かって、ギターを弾きながら、歌う。


隆一が驚いたように見つめると、イノランが視線を向けにこっと微笑んだ。
そしてネックを支える手を隆一の目元に伸ばし、涙を拭う。

(大丈夫 ‼ ここにいるから、隆ちゃん歌って ‼ )

そう言われたみたいで、隆一の瞳にスッと力が戻る。

イノランはずっと隣にいてくれて。
スギゾーとJもセンターに集まる。

終わりが近い。



残響が消えなければいいのに。




このまま、ずっと…





ピアノのメロディーが静かに流れ出す。
熱かった身体が、さぁ…っと冷めていく。

繋いだ手と手。

すごいなと、思う。
初めて会った人とも、躊躇いなく手を繋いで、ひとつになれる。

たったひとつ。ルナシーが好きという事実だけで。こんなに大きな力が生まれる。

そう再認識した途端、隆一の涙腺が再び緩む。
ゆらゆら涙で、照明が滲んで。慌てて上を向いて、堪えるけれど。
もう、無理だった。
隆一の頬に涙が伝う。
イノランがこちらを見ているのがわかって、それだけで十分で。

潤む声も、もうどうでもいい。






「せーのっ‼」


跳んだその足が、地に着かなければいいのに。
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