小話《短編集》
□大切なもの、音楽と君と。
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音、やっぱりすごい。このくらいのキャパシティの会場だと、音が身体の底から響いてくる。
身体の中を、音が通っていく感じだ。
心地いい、ベースとドラムと、ギターの音。
イノちゃんの歌声。
「ふふっ」
イノちゃん、すっごく楽しそう。
ずっと笑ってる。あ、でもたまに何か、変な顔して煽ったりしてるけど。
キラキラしてて…
「いいなぁ…」
そっと、音に身を委ねて目を閉じる。
思い出してしまうのはやっぱり、俺達が共にいた、あの場所。
5人でいた、あのステージ。
後悔はしていない。…でも、忘れられない。
俺達の道程は、まだまだ途中。
まだだ。
…まだ、あの場所には、還れない。
じわ…と視界が潤んだ気がして、慌てて目元を拭う。
ダメだ!こんな所で泣くなんて。
俺はイノちゃんのライブを観に来たんだから。
大好きな恋人の、彼の闘いの場を見たかったんだから。
(うぅーーーーー……)
何て事だろう、一度堰を切った涙は止まってくれなくて。
なんで?
あ!もしかしたら、感動の涙なのかもしれない。それなら止まらない涙も大納得です!!だって、こんな生音聴かされたら…
(心揺さぶられ……)
その時だった。
色々考え込んでた上に、涙で視界があやふやで、ステージのライトも強烈で気付かなかった。
イノちゃんが目の前に来ていた事に。
「りゅ…ちゃん?」
心底驚いた顔のイノちゃんが、手を伸ばせば届く所にいる。
「え…どしたの?観に来てくれてたの??」
あああもう、最悪だ。いや、イノちゃんに会えるのは、嬉しいんだけど。
こんなハズじゃなかったのに!!
迂闊だった自分を呪っても、もう今更遅くて。おそらくメンバー達のセッションの間、一旦袖に引っ込んだんだと思う。
イノちゃんは、動けないでいる俺のすぐ側まで来てくれた。
「隆ちゃん、」
なにも声が出せない。
失態にも程があるよね。ごめんねイノちゃん…。
動けず、話せずにいた俺の頬に、イノちゃんの手が触れた。とても、熱い手。
「…泣いてたの?」
「………」
コクリと、頷くことは出来た。
イノちゃんはチラリと周りを見渡すと、俺の腕を掴んで、袖の暗幕の隙間に入り込んだ。
ぎゅっと。すぐに抱きしめられる。
イノちゃんは、いつもの香水に混じって汗の匂いがして。ベッドの上で抱かれる時を、こんな時に思い出してしまう。
「感動した?」
イノちゃんの声が、なんだか嬉しそう。
俺の涙は、色んな想いで出てきたんだと思うけど、でも。身体に響く音と、イノちゃんの歌声には、間違いなく感動してたから。もう一度、頷いた。
「来てくれて、すっげぇ嬉しい。」
「イノちゃん、」
「ん?」
「…ごめんね。見つからずに、邪魔しないように、観たかったんだけど…
結局…こんな…」
「何言ってんの!俺は隆ちゃん見つけられて、超嬉しいし!来てくれて、ホント幸せだよ!?最幸!」
「イノ…」
「ここからは見えないから…いいよね?」
イノちゃんは、悪戯を思い付いたように笑ったと思ったら。
「っん…」
「……っ、」
「ンッ…ァ、…」
ライブで火照ったイノちゃんの、優しくて、気持ちいいキス。
こんな場所でするなんて、初めてで。
周りの音が、聴こえないくらい…
「隆ちゃん、気持ちいい?」
「うん…」
「俺も、今スゴク気持ちいい。ここまでのライブも、隆ちゃんとのキスも」
「うん」
「だからさ隆ちゃん、1個、お願い聞いてくれる?」
「…?…お願い?」