長いお話《連載》
□8…跳んだままで、ずっと。
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いつもステージをすぐ後にするのは、隆一とイノラン。
行く先々で、スタッフから労いの声がかかる。それをひとつひとつ丁寧に、挨拶を返す。
頭からタオルを被ったまま、隆一は足早に楽屋に滑り込んだ。
バタンとドアを閉めた途端、堪えていた涙が、溢れ出す。
寂しい、恋しい、苦しい、愛おしい。
隆一は、立っていることも保てずに、その場に崩れるようにペタンと座りこみ、声をあげて泣いた。
普段の隆一なら、こんなこと絶対しない。常にバンドの窓口として、感情を乱すなど、しなかった。
それがこのバンドを保たせる、ひとつの自分の役割だと、自負していたから。
でも今は、そんな事も考えられなかった。
不意にドアがノックされる。
数回の後、控えめにドアが開かれ、隆ちゃん?と声がかけられた。
隆一の様子が気になったイノランが楽屋を訪れたのだ。
「ーーっ」
目に入ったのは、床に座り込んだ隆一の背中。
しゃくりあげる度に肩を震わせて、その姿がとても小さく見えて。
イノランは後ろ手にドアを閉めると、背後から隆一を抱きしめた。
一瞬、隆一の身体がビクリと跳ねたが、すぐに力が抜けていく。
「隆ちゃん」
イノランの声が隆一に染み込んで、それだけで、安心する。
「隆ちゃん、よく頑張ったね。ちゃんと伝わったよ?皆にも、俺らにも」
「ーーー…っの…ちゃ…」
「皆、スゲー良い顔してたじゃん。それってさ、悲しいだけの最後じゃなかったからだよ」
「ーーーーーー……」
「きっと、いつか≠チていうのが信じられたんだ。ーーーー隆ちゃんが、言葉にしてくれたおかげ」
そう言って、隆ちゃんこっち向いて?と。隆一の身体を反転させる。
兎のように瞳も頬も赤く染めた隆一と、目が合って。
イノランは可笑しくて笑ってしまう。
「さっきまでステージの真ん中で歌ってた人じゃないみたい」
くすくす笑いながら言うイノランに、隆一は俯いて、イノちゃんの意地悪…。と呟いた。
イノランは目を細めると、今度は正面から隆一を抱きしめる。
「うそ。隆ちゃんには、ありがとうしか言えない。一緒に音楽やれて、幸せ。俺、隆ちゃんの声にベタ惚れだもん」
そんな事を言われて、嬉しくてくすぐったくて、笑みが溢れてしまう。そうしたら更に言葉が続いて、隆一は真っ赤になった。
「もちろん、声だけじゃないよ?心も身体も、隆ちゃんの全部が好き。……早く、欲しいよ」
降って来たのは、そっと触れる優しいキス。
次々と与えられるイノランの愛情に、隆一はされるがままに、すっかり脱力してしまった。
「シャワー浴びといで?アイツらもそろそろ戻って来るよ」
「うんっ」
「ゆっくり温まりなね」
「うん」
「じゃあ俺、自分のとこ戻ってるから」
「うん、イノちゃんありがとう」
「ん?全然。こちらこそ」
そう言い残して、イノランは隆一の楽屋を後にした。