アレキサンドライト ブック

□1
1ページ/3ページ




自分のせいでたった一人の愛する女性を守ることも出来ないまま、寧ろ守られる形で彼女は忽然と姿を消した。
彼女――リュナ・ブランは自分にとって命をかけてでも守ろうと思った女性だった。

――…レギュラス、行ってきます。

最後に交わした話もまるで日常会話のようにごく自然と、まるでまた明日会えるといったように笑顔を浮かべてリュナは行ってしまった。…そのまま帰らぬ人になるだなんて考えもしなかった自分は自分のことでいっぱいいっぱいで…いつものように見送っていた。

可笑しいと気づくべきだったのだ。リュナが出かける前に交わした会話は変だと。

――今まで凄く幸せだなって思っていたの。ホグワーツにいる間は家系のことを少し忘れられたでしょ?
――私、レギュラスの笑顔が大好きなの。…だから忘れないで。ずっと笑って?

何故恋人になったことに感謝をされたのか。
笑顔が好きだと、笑顔を忘れないでと言った真意を何故深く尋ねなかったのか。

今となっては遅すぎる後悔で。
リュナが消えてから…こうして消えることのない後悔と虚無感を抱きながら彼女の残した手紙に書かれた最後の願いを叶えるために生きている。

――私が最後に一番に願うのはレギュラス・ブラックが幸せに生きてくれることです。

最後に残された願いがずっと頭の中をループしている。
まるで感情を失った人形のようだ。

幸せとは一体なんだろうか。


――…


リュナの死は極わずかの人しか知らない。
皆、行方不明として認識しているからだ。
真実を知るのは自分とクリーチャー、彼女の両親とブラン家の屋敷しもべであるエリザ。
そして自身の兄、シリウスだ。

リュナに託されたらしい役目を果たすために兄は密かに手紙を送ってくる。生存確認みたいな手紙だが。
リュナの行方が眩んでからすぐ会いに来た兄は呆然と自分を見ていた。
そりゃそうだ、活力を失ってまるで死んでいるんじゃないかと思うぐらいに倒れ込んでいた姿を見たんだから。
そのまま死んでやろうかとも思った。だって死ねばリュナと同じ場所に行けるとその時は本当で思っていたから。
死ぬことは兄に必死に止められ生を余儀なくされている。

兄とリュナの手紙のせいで死ぬことすら許されず、まるで生き地獄のような日々をこの一年間味わった。
そう…もう一年が経つのだ。
365日、一日たりともリュナのことを忘れたことなんてない。
生きなければいけない自分は、無感情にただただ与えられる任務をこなしている。
リュナの言った通り、死喰い人に居れば自分は安全だから。


死喰い人の招集がかかり集まった屋敷の中。主が現れるまで立ち尽くすように突っ立っていると死喰い人の話が耳に入ってくる。
毎回下らない話ばかりで全て通り抜けていくのだか、今回は違った。

一つ聞き馴染みのある単語に意識が話を聞こうと動く。

「ブラン家が崩壊したらしい」
「あ?あー…あの家系はもう駄目だろ。裏切ってから今まで良く逃げた方じゃね?」

崩壊という言葉に息をするのさえ忘れたかのように言葉が出なかった。
ブラン。それは自分にとっては大切な人の姓だ。

「確か娘が行方不明とかだろ?」
「娘が殺されたと勝手に逆上し俺らを裏切った結果、無残に殺されたってな?」
「我が主直々に手を下されたそうだ」
「まあ噂だけどな?敵に回ったら厄介だったらしいからな」

フードを更に深く被り表情を隠す。
この場に関係を知る人物が居なくて本当に良かったと思う。

リュナの両親が殺された…。
違う…自分の所為で殺されたようなものだッ…。

リュナは両親に愛されていた。両親が死喰い人だとしてもずっと知らないまま、守られるようにして育てられていたんだから。
唇を噛みすぎて血の味がする。
こうして自分にとって大切だった存在が消えていく。

周りが急に静かになったと同時に闇の帝王の声が聞こえてきた。
声を聞くだけで湧き上がってくる怒りと憎しみをグッと堪えて今日も無情に日々を過ごす。


この日常に終止符を早く打ちたかった。


――…


終止符を打つ前に一つの屋敷の前に今立っていた。
ブラン家の屋敷だ。
本来ブラック家は近寄ることさえ許されなかった。幼少期以来敵対するような立場であったブラン家に自分が足を踏み入れることが出来たのはリュナのお陰でもあり、ブラン家の者達がレギュラス・ブラックをブラック家として見なかったから。
これは悪い意味ではない。
ブラン家の者達は自分を個人として見てくれたから許されていたのだ。

此処に訪れるのは彼女が亡き今久々であって…思わず泣きそうになった。
それほどまでに今だに綺麗なまま残っている屋敷にブラン家の者が住んでいるんじゃないかと錯覚させられる。
でもそれを否定するように無音の屋敷にフードを深く被り直して入る。

無人の屋敷は明かりが付いていなく、今は夜ということもあり真っ暗。
懐から杖を出して無言呪文で杖先に明かりを灯す。

「…屋敷しもべも消えたのですか…」

雇い主が居なくなり、屋敷しもべ妖精も一人たりともこの場に存在していない。
特に可愛がられていた屋敷しもべ妖精――エリザの姿も無く、本当にこの屋敷には何も無いのだと思い知らされる。

コツコツ、と自分の足音しか聞こえない廊下を静かに歩く。
迷うこと無く、まるで慣れたように巡り付いた一つの扉の前で1度立ち止まり深呼吸をする。
少し震える手でドアノブに手をかけて、開けた瞬間に鼻腔を擽った微かな香りに胸が苦しいぐらいに締め付けられた。
一瞬にして消えた香りに縋るように部屋の中に入る。

「…変わらない…ですね…」

記憶の中にある光景と今目の前にあるリュナの自室を比較して自嘲が浮かぶ。
綺麗なままのリュナの自室にこのまま此処で待っていれば彼女が帰ってくる気さえしてくる。

こうやって、まだ彼女の姿を探している。

女の子らしい部屋で何度かお邪魔させてもらった。
あの時はリュナの香りに満たされていて、好きな女性の部屋に凄く緊張していたことを思い出す。
数回重ねるたびに慣れるはずなのに…数を重ねるたびに部屋に飾ってある写真や自分がプレゼントした物が増えていって、それを見るたびに余計に緊張して…それと同時に喜んでいた。

幼い頃のリュナの写真、友人と楽しそうに写っている写真と共に兄とその友人達と写っている物まである。
当時兄と仲が悪くて、この写真を見て言い合いをしたな、と懐かしく感じる。

その写真達よりも一回り大きく、目立つように飾る写真を手に取る。
今では全くすることが出来なくなったクィディッチで自分がスニッチをとって優勝した時の写真だ。
自分が嬉しそうにスニッチを手に喜んでいる姿が写る写真をリュナは恥ずかしそうに隠そうとしていた。
これを飾ってあるのを知ったのはリュナと恋人関係になってからだ。
隠さなくても良かったのに。自分もリュナの写真をこっそりと持っていたなんてリュナは知らないだろう。
両思い同士同じことをしていたんだな、と自分の写真を元の場所に置いて隣に飾ってある写真を手に取る。
幸せそうに笑っているリュナと自分の姿だ。
リュナの友人に冷やかされながら取った写真にしてはあまりにも幸せそうで…。
まるでこの後に訪れる絶望など知らない過去の自分の姿に自嘲しか浮かんでこない。

もう無人の屋敷だ。写真は貰っておこう。
自分とリュナが写っているものと、リュナが写っている写真を頂く。
幼い時からホグワーツで過ごしていた時のもの。年齢が上がるたびに女性らしく美しく成長している彼女は写真の中で笑っていて。
こっそりと彼女の物を持っていこうとしている自分は根深い執着心を持つストーカーのようだ。

こうして彼女の姿を求めてしまうのは死を認めてないからというのもある。
死んだ、とわかっている。だって彼女自身が遺書として自分と兄に手紙を送ってきたから。
でも認められないんだ。

――リュナの遺体がない。

この一年間、機密にリュナの遺体を探していた。あの洞窟で死んだことはわかっている。
だから骨ぐらいあるだろうと思っていた。それなのに探しても探しても――彼女自身を証明する実体が一つも見当たらない。

――もしかしたら何処かで生きているのかもしれない。

ずっとそう思ってリュナの姿を探している。
そう思ってないと今にも気が狂いそうで…いっそのこと狂ってしまった方が楽なんじゃないかとたまに思う。

「……リュナ…」

ベッドに腰掛けて手で顔を覆う。

いつになれば自分の愛おしい少女が見つかるのだろうか。
いつになったらこの感情から開放されるのだろうか。

いつになったら…――

毎日のように無意味な自問自答を頭の中で繰り広げ、無情にも過ぎていく時間に自分は流れるままに存在する。

「――…!」

不意に小さな音が聞こえたような気がして、瞬時に顔を上げて立ち上がる。
照らしていた杖の光を消し、しっかりと杖を握り音を立てないよう扉を開けて廊下を見る。

まさか侵入者…?

自分も今侵入者だが棚に上げて、警戒しつつ様子を伺う。
ブラン家が崩壊したと情報が死喰い人内で広まっているから、もしかすると低俗な者がこの屋敷の物を盗みに来たかもしれない。
そう思って耳を澄ませるがそれっきり音も聞こえること無く、気配も全く感じない。

気の所為?

屋敷を見渡しても人が漁った形跡は今の所ないし、杞憂だろうかと廊下を歩いていた時――ふと足を止めて振り返る。



次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ