アレキサンドライト ブック

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「今日は私の用でエリザも連れて行く」

少女以外の2人と共に朝食を食べ終わり、一旦自室に戻ろうとした所で投げられた言葉にキョトンとしてしまう。
今から出かける、と告げるローアルの姿を改めて見ればいつでも外出出来るように準備が整っている。

「まあ、なるべくは早くに帰ってくるつもりだが…」
「随分と突然ですね…」

いつもなら前日に伝えてくれると言うのに当日に伝えられるのは初めてだ。
今日の予定ではなかったが急遽変更になった、と告げるローアルは少し困った表情をしていて、想定外の事なのだろう。
いつもは一人で出かけるのにエリザを連れて行くのは初めてだ。
準備を整えたエリザが駆け足気味でかけ寄って来て、準備は整ったとローアルに伝える。
メイド服の上から違和感がないように上着を来ているからエリザがメイドだとはわからない。
あ、と思い出したようにエリザは自分に視線を向ける。

「お嬢様は深くお眠りにならしてます。起床なさるのはお昼頃かもしれません」
「リュナは一人でも支度は出来る。お主が気にかけなくとも問題はない」

少女は置いていくようだが…。
この屋敷の一人娘を自分と二人っきりにするだなんて、随分と自分を信頼して貰っているようだ。
まあ悪いことをしようだなんて微塵も思ってないから助かるが…。

「一人で留守になる時もあるのですか…?」
「やむを得ずな…」

でもいくら性格がしっかりしていると言っても幼く更には病弱な少女だ。
下手に外に連れ回すよりもこうして屋敷で寝てもらってすぐに帰ってくる方が安心なんだと告げるローアルに少し眉を顰めてしまう。
もし少女が一人の時に体調が急変でもしたらどうするんだ。
あまりにも呑気過ぎて顰めっ面になっている自分の顔を見てローアルは微笑む。

「あの子を心配してくれるのか?」
「……普通はしますよ」
「ふふ、そうか。大丈夫だ、急激に体調を崩すということはない。こうして留守にさせるのも体調が悪くないからだ。今日はあの子なりに考えて過ごすだろう」
「昨日念入りに検査を致しましたが体調は酷い様子では無いみたいです」
「…そうですか」

ホッと安堵の息が漏れた。
昨日ローアルが少女を連れて出掛けて行ったのは検査の為かと思い返す。
帰ってきた所を丁度見たのだがローアルに抱かれた少女は疲れたのか深く眠っているようだった。
検査をした結果がよかったから今日は留守をさせるのか。

「早くに帰れるようこちらも手早く済ませようとも思っている」
「昼食の程はキッチンに置いてますので、すみませんが温めて頂いて下されば…。何でしたら外食して頂いても構いません」
「一応外出してもいいようリビングに必要なものは全て置いてある。なんだったら欲しいものでも買って来ても良いぞ?…まあ、お主の好きにしなさい」
「…態々ありがとうございます」

少女を見守っていて欲しい、とは言わないのか。
好きにしていいと笑みを浮かべて告げるローアルに少し渋々と礼を告げるが胸は違和感を覚える。
少しモヤモヤする心情の中、ローアルとエリザをエントランスホールまで見送る。

「では行ってくる」
「行ってまいります」
「お気を付けて…」

最後まで少女を託す言葉を告げる事無く行ってしまった。
玄関の扉が閉じて静まり返る空間に2階の方に顔を向ける。
少女は寝ていると言っていたし、勝手にしていいとローアルは言った。
ローアルの言葉を思い出すようにリビングに入れば目立つように男物の服と財布が置かれていていつでも外出して良いように準備されている。


リビングを後にして向かうのはもう慣れ親しんできた自分の自室。
扉の音が鳴らないように静かに部屋に入りベッドに寝転がる。
外出してもいいと言われたが、どうもその気にならない。
一人この屋敷に残してしまう幼い少女が気がかりで、全く外に出ていきたいと思わない。

「……」

それよりも少女と二人っきりにさせるくせに面倒すら押し付けないことに少し苛立っていることに気づいて寝転がっていた身体を起こす。

……何を期待しているんだ、自分は…。

頼まれないことは良いことだ。寧ろ好きにしていいと言われたなら自分の好きにしたらいい。
少女を放って一人で外出しても誰にも咎められない。
…でも外に出た所で自分は少女が気になってすぐに帰ってくるだろう。

「……そういう事ですか」

ローアルの言葉を思い返して気づく――好きにしていいという事は自分のしたいことをしたら良いだけのこと。
だから自分が外に出なくとも、少女の面倒を見ようがローアルは構わないと思っているのだろう。だから自分と少女を二人っきりになる状況を作っても何も言わなかった。

「……あの人も面倒な人ですね…」

癖のある性格の人の本心を見抜くのは一苦労だ、と溜め息をついてベットから離れて椅子に座る。
今日は少女と過ごそう。
お昼頃に目を覚ますとエリザが言っていたし、丁度暇つぶし用に部屋に持ってきていた本でも読んで暇でも潰すことにした。


――…


微かに聞こえた扉の開閉音の後にコツ、コツと小さく足音が廊下を歩いているのが聞こえる。
本を直様閉じ、テーブルに置いて廊下を伺うように静かに扉を開ける。

「……ケホッ…」

彼女らが言っていた通り一人で身支度はしたようでしっかりと身なりを整えた少女の小さく細い背がゆっくりと歩いているのが視界に入る。
体調が悪くないと言っていたがまだ本調子では無いようで我慢するように咳を零す様子に思わず眉を潜めてしまう。

体調が悪いのに何処に行くつもりだ?

忍び足で少女の後を追う。手摺り頼りに階段を降りる様子が危なっかしく、ふらつけばすぐに落ちてしまいそうだ。
いつでも足を踏み外してもフォロー出来るように懐に隠してある杖を握りながら様子を伺っていたが何事も無く階段を降りて。辺りを見渡してから一つの部屋に入っていく。
確かあの部屋はキッチンだったような気がする。
まだ一度も踏み入れていないキッチンに入っていく少女に階段を降りて後を追う。
時間はエリザが言っていた通りお昼頃で、お腹でも空いたのだろうか?とキッチンを覗き込めば辺りを見渡しているようだ。

「……出掛けたのかな…」

エリザが用意してくれたらしい2つお皿に置かれたサンドイッチを見て呟く姿に思わず目を瞬かせる。
もしかして自分の姿を探してくれていたのだろうか。
全く手を付けていない食事を見て自分が居ないと思ったのだろう少女は俯いて引き返してくる。
せめて自分自身の食事は食べると思っていたのに全く手を付けずに戻ってくる様子に声をかけずにはいられなかった。

「…食べないのですか?」
「ひゃッ!?」

肩を大きく震わせて俯いていた顔を上げた少女は自分を見て大きく目を見開かせる。
まるで突然現れたゴーストでも見るかのように驚愕している様子に少し驚かせすぎたか、と謝りながら少女に近寄る。

「…すみません、驚かせてしまいましたね」
「いらしたのですね…。てっきり外出なされたのかと…」

気まずげに視線を逸らされるが、よく見れば頬が少し赤くなっている。
照れくさそうにしている少女は置かれている食事を見て小さく呟く。
この子までも面倒を見てくれるとは思ってなかったのか、と少し寂しく思う。

「…貴女を一人にするのは少し心配でしたから」
「…そうですか。…心配なさらなくても大丈夫ですよ」

本心で告げても甘えてはくれないようで、眉を下げて申し訳さなそうにしている。
顔を上げた少女は食事と自分を交互に見て首を傾げる。
屋敷にいるのに食べてないのが不思議に思ったのだろうか。

「…一緒に食べませんか?…一人では心寂しかったので」
「…!…はい、私で宜しければ」

少女も起きてまだ何も口にしていないだろう。
断りづらくするために少し意地悪を言ったが少女は特に気にした様子も無く、寧ろ少し驚いた様に目を瞬かせてから頬を少し緩めて頷いてくれた。
辺りを見渡してから動き出した少女は空のお皿を背伸びして取ろうとしている。

「少し待って下さいね」
「…!僕がしますよ!」

少女の手がお皿に届く前に取り上げるように自分が手に取る。
キョトンと自分と取り上げられたお皿を見上げる少女に小さく安堵混じりの溜め息をついて、少し苦笑が浮かんだ。

「見ていて危なっかしいので…」
「ぁ…すみません…」

状況を理解したのか、凄く困った顔をして謝る少女に大丈夫だと優しく告げてからキッチンを見渡す。
少女から取り上げたのは良いが…。

「あの…」
「…?」
「……どうすればいいですか…?」

キッチンに入る機会は生まれてこの方数える程度で、そもそも使ったことも無ければマグルのキッチンにある機械の使い方すら知らない。
自分がやると言ったがどのみち少女に頼らなければならないみたいだ。
お皿を手に困惑して立ち尽くす自分を少女は目をパチクリさせて見つめてくる。
数秒間ポカン、と呆気に取られたように自分を見つめていた少女はみるみると頬を緩めた。

「ふふ…そうでしたね。……違う世界から来てらしたんですよね…」

いつもは悲しげで、儚さが拭えない表情ばかりなのに、初めて見る本当に緩やかな表情に今度は自分が呆気にとられる番で。

もっと素直に笑ってくれたら良いのに。

小さく笑い声を零す姿に心が暖かくなるのを感じる。

「スープがあるので温めましょう?まずは…――」

少し楽しげに見える少女は小さく笑みを浮かべたままで、一つの場所を指差してわかりやすく教えてもらいながら自分達の食事を温めることにした。


――…


ダイニングルームでローアルとエリザと共に食事をする事はあったが少女とこうして食事をするのは初めてだ。
朝食時は少女が寝ているから噛み合わず、外出した時は帰ってくるのが遅いから夕食時も合わなかった、と思っていたのだが夕食時は自室で食べることがあるらしく、そもそもあまり食べない時もあるとローアルが困ったように言っていた。
まあ、病弱だから食が細いのだろうとなんとなく思っていたのだが…。
向かい合わせにいる少女のゆっくりと食べ進めている姿や食べているものを凝視してしまうのは初めてだからでは収まりきれないものがある。

「…随分と量が違いますね」
「……?」

自分の物と少女の物を思わず見比べてしまう。
サンドイッチとスープと食べるものは同じだが、その量が自分の食べる物の半分…否、三分の一すらもないかもしれない。
そもそも朝食を食べた自分が軽く食べる量よりも、朝食すら食べてない少女の方が量が少ないのはおかしいだろう。
呟いた言葉に少女は不思議そうに首を傾げていたが、見比べている事に気づいて察したのだろう、眉を下げて困った顔を浮かべる。

「あまり食べれなくて…」
「…僕が話しかけなければ食べない気でしたか?」
「…そんな事ありませんよ…」

合っていた視線が避けるようにして逸らされて、まるで誤魔化すようにサンドイッチを口に運ぶ。
自分が居なければ何も食べない気でいた少女に気付かれないように小さく溜め息を吐いて黙々と小さめに作られたサンドイッチを減らそうとしてる彼女に質問を投げてみる。

「しっかり食べる時はあるんですか?」
「…ありますよ。体調がいい時はしっかり食べてます」
「…今は体調が悪いんですね…」

意表を突かれたように目を見開くが、我に返ったように目を伏せて目の前にある食事を見つめた。
顔色を見ればわかるが、やはり体調は良くないのだろう。

「そ、その…凄く体調がいい時だけよく食べるんです…。言っても元々食べる量は少ないらしいですから…」

他の子供と比較すればやはり食べる量は少ないようだ。
これはローアルもエリザも苦労しているだろうな、と手に持つサンドイッチを食べてしまう。
自分の方が量は圧倒時に多いのに、少女の食べる速度が遅いから先に食べ終わってしまった。
少女が食べ終わるまで待っておこうと、小さな口でひたすら食べる姿をジッ見ていると愛らしさがこみ上げてくる。
見れば見るほど幼い頃のリュナを見ているようで…。

「…可愛いですね」
「…?」

ボソリと漏れてしまった声に気づいて不思議そうな表情で顔を上げた少女に何でもない、と誤魔化せば小首を傾げて視線が外れる。
食事を食べきろうとほんの微かに眉を顰めてゆっくりと食事を開始する様子を見守ることにした。


――…

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