貴方とやり直す

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別荘に戻って来れば園子が急いで別荘に戻った原因である雄三の父、富沢財閥の会長でもある富沢哲治が夕飯の材料を持って鈴木家の別荘に来ていた。
本当なら綾子を連れて富沢家の別荘の方に連れていきレストランに行く予定だったそうだが急遽キャンセルし、鈴木家の別荘で夕飯を共に食べることになったそう。
で、その急遽キャンセルした理由が夜に始まる野球中継の為とか。
野球中継が始まるのはまだ先、女性陣が夕食の準備をしてる間子供であるレギュラスとコナンと共に座って待っていた。
手伝おうとしたのだが断られてしまった為渋々待っているというものだが。
残り少ない紅茶を全て飲み干すと隣に座っていたレギュラスが立ち上がりカップを持ち上げた。

「おかわり貰ってきましょうか?」
「…うん、ごめんね」

久し振りの遠出のせいか、それとも恐怖症が出たせいか…、少し疲れが出てきた。
彼の言葉に素直に頷くとサラリと髪を撫でられて、貰ってきますね、と席を外したレギュラスを見送る。
ぼんやりとソファーに深く座っていると目の前に座っていたコナンが顔色を確かめるように覗いてきた。

「大丈夫?」
「え…?」
「ほら体調が悪いって言ってたから」
「…うん、大丈夫だよ」

それならいいんだけど、と呟くコナンにお礼を告げて苦笑を浮かべる。
誘って貰って来たというのに全く遊べなかった。
コナンは比較的大人しい子だから何も言わないが、申し訳ないことをしたと思う。
今もこうして心配してくれていたようで、心配げに覗く瞳が安心したように細められる。

「ごめんね、せっかく一緒に来たのに遊べなくて…」
「そんな事気にしなくていいよ」

気を使って言ってくれているだろうが本人がそう言ってくれるのならよかったと、小さく安堵の息をついていると、笑みを浮かべていたコナンが小首を傾げる。

「だって本当は体調が悪いんじゃなくて怖かったんでしょ?」
「…え?」

思わず驚愕する。だってコナン達が来た頃にはある程度心は落ち着かせていたつもりだった。
蘭と園子には顔色が悪いと知られただけで、それが恐怖に結び付けず体調不良だと納得していた。
平然な顔して理解している彼を凝視しつつ、どうして?となるべく平然としつつ理由を聞くと答えは簡単と言わんばかりに笑みを浮かべる。

「別れる時までは平常な状態だったし、もし体調が悪かったらブラック君が黙ってないでしょ?」

それはその通りだが…、と納得できる言い分にちょっと恥ずかしく思いつつ、後は、と続けた言葉に耳を傾ける。

「日射病にしては対策をしっかりしている二人がなる筈ないし、車に酔っているなら車を降りた時点でわかるしね。となると恐怖症が出ていたんじゃないのかなって思って」

光に当たってるのに瞳孔が開いたままで、隠してるつもりだろうけどブラック君の手をずっと握りしめてたのが見えたから、と真実を告げられて逃げるすべが無くなった気がする。
周りに誰も聞いていないのを確認して、誤魔化すのは諦めて苦笑を浮かべたまま、よくわかったねと頷く。

「海が苦手なの?」
「えっと…見るだけなら大丈夫」
「…水に入るのが嫌って事?」
「合っているようで合ってないかな…」
「じゃあ前から苦手だったの?」
「ううん。…最近嫌な事があったから、多分それが原因だと思う…」

嫌なこと?と確認するように聞いてくる彼に誤魔化すように眉を下げて笑う。
まさか前世の死因のせいで恐怖症になってるだなんて言っても信じられないし、変に思われるだろう。
適当に誤魔化そうと思うのに、更に聞き出すように聞いてくるコナンに困っているとタイミングよくレギュラスが戻ってきてくれた。
コナンと話す姿に一瞬怪訝そうな顔をしたが、持ってきてくれた紅茶を渡してくれた彼にお礼を告げて口に付ける。
隣に座ったレギュラスも一口紅茶を飲んでから微かに眉を潜めてコナンを見た。

「二人で何を話しているんですか?」
「ブランさんが元気そうで良かったって話してただけだよ」

若干顔を引き攣らせてそう告げるコナンに同意するように頷くとあまり納得がいってないように少し怪訝な顔をしつつも、そうですかと呟く。
こちらを見たレギュラスはフ、と小さく微笑んで小首を傾げる。

「随分顔色も良くなりましたからね。でも少し疲れているでしょう?」
「…バレてる?」

まさかそこまで見破られていたのかと、わかりますよとニッコリ笑って告げる彼に苦笑が浮かぶ。
日に日に洞察力が良くなっている気がするレギュラスに敵わないなとヘラリと軽く笑う。

「ちょっとだけだから。でも今日は早く寝ちゃいそうだね」
「まあ…海で遊んでいた貴方達もすぐに寝るんじゃないですか?」

レギュラスがコナンに向けて告げれば、そうかも、と乾いた笑みを浮かべながら頷く。
どこかレギュラスに対して遠慮がちなコナンの態度に首を傾げながら、夕飯の準備が出来たと蘭の声に食事を頂くことにした。


――…



夕食を食べ終わり、野球中継が始まると同時にテレビを占領するように画面に齧りつき歓声の声を時たま上げる哲治の後ろ姿を皆でテーブルを囲うようにして座り見ていた。
息子である雄三は苦い顔で自身の父の背中を見る。

「父さんは鹿児島ファルコンズの熱狂なファンでね…。特に今打った小暮にはもう…」
「おお!小暮はプロ野球界の宝だ!4番でスイッチヒッターなんて日本じゃ彼ぐらいしかおらんからな!」

テレビを見ていたはずの哲治は選手の名前を聞いて食いつくように知識を口にする。
嬉々として語る姿は熱狂なファンだとすぐにわかるもので、そんな父に雄三はここに来てまで見る事はないだろ?と呆れたように告げるが、ウチの別荘の方では衛星放送の調子が悪いと残念そうに告げる哲治に何故鈴木家の別荘に居るのか納得ができた。
どうやら哲治が応援しているチームが優勢のようで嬉しそうに野球中継を見ていたのだが突然画面が切り替わった。
9時と時刻を知らせると共に5分間のニュースが流れ始める。

「くそっいい所で切りおって…」

悪態をつく哲治はニュースには興味がないらしく前のめりのように見ていた画面から身を退く。
哲治の背で見えなかった画面が見えて、ニュースを見れば台風情報が流れていた。
台風は勢力を増しつつあり、その影響で飛行機や船のダイヤが大幅に変更しているのだとか。

「6回なのにもう9時か…」
「仕方ないよ…雨で何度も試合中断してたから…」

雄三の言葉に頷いて園子が呆れたように呟く。
雨が降ったぐらいでは簡単に試合中止にならない様子にまだ試合は続くのだろうか思わず時計に視線を向けていると、席を外していた綾子が人数分のティーカップをお盆に乗せて部屋に戻ってくる。

「こっちも降ってきたみたいよ…」
「え?」

驚いたように声を上げた蘭と園子にキッチンに行ったら降ってきたようだと告げる。
台風の影響がこちらにも来ているらしい。
部屋に戻ってきた綾子を哲治は見た。

「あのー…ラジオか何かありませんか?」
「あ、ありますけど…」

余程野球中継が気になるらしい。
少し困ったような綾子は探しに行こうとしたが新聞を見ていたコナンが、でもこの試合、ラジオじゃやってないみたいだよと告げると哲治は残念そうにニュースがやっている画面を見つめた。
そんな哲治を宥めつつ綾子は持ってきたコーヒーでお茶を濁そうと笑みを浮かべて渡すと機嫌が治ったようでコーヒーを手に雄三を見る。

「さすが鈴木家のお嬢さんだ!良く出来ておられる!雄三、おまえは果報者だぞ!!」
「はいはい…」

照れくさそうな雄三の姿に思わず笑みを浮かべていると、それに比べて上の息子二人ときたら…、と吐き出すように低くなった哲治の声色に首を傾げる。

長男である太一は富沢財閥を継がず小説家になりまだ独り身。次男の達二は富沢財閥の社員になったが哲治の断りもなく勝手に女性と婚約をしてしまっている。
まるで愚痴るかのように吐き出された言葉に思わず顔を顰めてしまう。

「鈴木財閥のお嬢さんを射止めたおまえとは、えらい違いだよ…」
「よ、よせよ。兄さん達を悪くいうのは…」

横暴にも聞こえる哲治の言葉を止めさせようと雄三が思わず口を挟む。
それに綾子を選んだのは鈴木家とは関係ないときっぱりと告げるが哲治の気は紛れなかったらしい。

「フン、おまえもおまえだ!!いつまでもくだらん絵を描きおって!!意地を張っとらんで早くおまえも我が社に入れ!いいポストを与えてやる!それにその方がおまえといっしょになる彼女の為にも…―」

ガシャン、と荒々しく置かれたティーカップの音が鳴り響いて。
勢いよく立ち上がった雄三に困ったように哲治の言葉を聞いていた綾子は気遣うように雄三の名を呼ぶ。

「オレ、ちょっとアトリエに行ってくるよ…仕上げなきゃいけないイラストがまだ…残ってるから…」

顰めっ面を隠すように綾子に笑みを浮かべた雄三はそそくさと出ていこうとする。
そんな彼の背を見てアトリエ?と蘭が疑問を口にすれば哲治が答える。
1キロ先に哲郎が建てたアトリエがあるという。絵で賞を取れればという約束でと付け足された言葉に首を傾げる。
現在アトリエが建っているということは賞を取ったということ。
賞が取れるほどの実力があるならばいいんじゃないか、と思うが簡単には決められないらしい。出ていこうとする雄三を追いかけようとする綾子を、放っておけばいいと哲治が言い放つ。
雄三は外に出ていってしまい、哲治に止められた綾子は困った顔で足を止めてしまった。

「少しばかり有名になったと思って天狗になりおって…。所詮絵描きは絵描き、雨に打たれて頭を冷やせば雄三もわかってくれるでしょう…。自分の歩むべき道が間違っていたと言うことを…」

雄三に気を取られて野球中継が始まったのに気づかなかった。テレビから流れてきた熱狂なファンであるチームが大ピンチという実況に食いつくように画面を見つめる哲治は怒りの表情を露わにしていた。

「くそっ、ノーコン有籐め!!なんでいつもおまえはそーなんだ!?」

沈黙する雰囲気の中野球中継を一喜一憂して見る哲治を皆呆れたように見つめていた。
静かに紅茶を飲んでいたレギュラスはそんな哲治を横目に見てから小さく息を吐く。

「…マグルも似たようなものなんですね」

哲治と雄三のやり取りを特に気にした様子もなく平然と見ていたレギュラスのボソリと英語で呟いた言葉に思わず俯く。
家系に縛られる者ほど厳しく、従おうとさせる。でもそれは家系を守るためのものでもある。
自分達に当てはまる状況でも合ったそれに苦い思いが駆け巡る。

「でも答えは見つかっているんじゃないかな…」

アトリエに行った姿が彼自身が望む答え。
後は彼自身の決意と、その彼を支える人物である綾子の行動で選択肢は増える。
彼らが決めることです、と自分に微笑みかけるレギュラスに困ったように笑うと頭を撫でられる。

「先に寝ましょうか」

チラリと時計を確認したレギュラスに小首を傾げる。

「あれが終わるのはいつになるの?」

野球のルールをあまりわからないから、スポーツ全般のルールはある程度知っているレギュラスに尋ねると野球中継と時計を見合わせてから、肩を竦めた。

「あれが終わるのは22時を優に回りますよ。…もう眠くなってきているでしょう?」
「…うん。でも…」

野球中継を食い入るように見ている哲治とそれを終わるまで待っている様子の園子達に、待っていた方がいいんじゃないかと小声で呟けば彼は呆れたような眼差しで見つめてくる。

「待っていても仕方ないです。それに子供なので咎められませんよ」
「あはは…」

子供の特権を活用するレギュラスに苦笑を漏らしつつ残り少ない紅茶を飲んでしまう。
レギュラスの言う通り先に寝かせて貰うとしよう。
こっそりと英語で話していたからか待ちぼうけを食らっている蘭達の好奇心のような視線が自分達の方に向いていたので丁度いいと口を開く。

「あの…先に寝てもいいですか?」
「え?…あ、いつもこの時間に寝ているのね?」

時計を確認した蘭達は笑みを浮かべて頷く。
空になったティーカップを片付けようとしたレギュラスを綾子が制して、私がしておくねと先に寝てもいいように促してくれる。

「そうね、アンタ達は先に寝てていいわよ。部屋に案内するわ」
「コナン君はどうする?」

椅子から立ち上がった園子の様子に蘭はコナンに尋ねる。
同じ子供として、寝るのかどうか聞いたのだがコナンは、まだ大丈夫と笑みを浮かべてやんわり断る姿を横目にレギュラスと共に先に失礼しますと挨拶を交わして、先導をする園子の後を着いて歩く。



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