短編

□愛の話をしようか?
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その日は土曜日の夜と言うにはあまりにも静かで、私は時間を持て余していた。
スマホを何度確認したかも、何度寝返りを打ったかも分からず、1人ではいつまでも暖まらない少し広いベッドの上で大の字になる。
(美玖、遅い.........)
いつもは飲みに行っても、なんだかんだ日付を越える前には帰ってくる。
しかし今日に至っては、日付を越えたのは時間だけで、私は昨日と彼女に取り残されていた。
もういっそのこと目を閉じてしまおうか、と僅かな睡魔に身を預けようとした瞬間、
玄関先でガチャリと扉が開く音がした。と、同時にどさりと鈍い音が響き、再び静寂がやってくる。
何事かと、ベッドから飛び起きて玄関へ向かう。
玄関へ着くと、音の正体は案の定私の恋人のものであったようだ。靴も脱がず、うつ伏せに玄関に倒れ込んでいた。
「...美玖......?」
「............うぅ...」
生存確認である。どうやら本気で倒れた訳ではなく、疲弊しきっているという様子であった。しかししばらく待っても起き上がる様子も無いので、美玖に近き、目の前にしゃがみ込む。
「おーい、金村さーん」
「...ん」
声と共に差し出されたのは、彼女の右手にあったレジ袋であった。
「なにこれ」
「...シュークリーム......好きじゃなかったけ?」
中を覗くと、コンビニの新作のシュークリームが申し訳無さそうに2個、顔を見せていた。
「なるほど、謝罪の気持ちはあると」
「う......ごめん...」
今日はいつもの大学の友人とではなく、高校時代の友人達と飲んだようだ。美玖とは大学からの関係なので、相手のことを私はよく知らない。ただ美玖は人が変わるほど酔うことは無いので、飲み会となれば介抱役に回るのが常であった。とはいえ二日酔いは人並みかそれ以上なので、翌日は私が美玖の介抱役になるのだが。私はお酒の味も苦手で強くも無いので、最低限の飲みにしか行かない。
きっと今夜も、久々の再会を喜び、アルコールを入れすぎた友人を、優しい美玖はホテルや家まで送ったのだろう。
少し落ち着いたのか、美玖はぐるりと仰向けになった。そして、私は美玖の顔を上下逆に覗き込む。
「もうしばらくお酒と介抱はいいかなぁ」
「ほんと?」
「ほんと」
「誘われたら断れないくせに」
「ぐ......ほんとにごめんなさい...怒んないで...」
「怒ってない、けど、」
「けど?」
「心配なだけ、美玖は優しすぎるから、いつかほんとに倒れちゃいそう」
本心であった。会えない時間やその時間に別の人と笑い合っていると思うと少し気が遠くなるが、そんなものはこうやって会ってしまえば、あっという間に埋まるものである。だから寂しくはなかった。ただ毎回のように、飲み会だけではなく、自らのデメリットを勘定に入れずに人助けする様子は心配になるほどであった。
「優しくはないよ、きっとお人好しなだけ」
「そういうのを優しいって言う」
「そう?私からしたら飲んだくれを玄関まで迎えに来てくれる彼女の方がずっと優しいけど?」
「む...」
そんないきなり、とびきり優しい目で見つめないで欲しい。しかも幸せそうに。私はその姿に少し跳ねた心臓が聴こえていませんようにと、祈るしかできないのだ。
ふと、急に美玖が真面目そうな顔をする。
そしていきなり、両手で私の頬を包み込んだ。
一瞬何が起きているか理解出来ずに、真っ白な頭で美玖を見下ろしていると
「......綺麗だな...愛してるよ、菜緒。」
と一言。
そして私の顔を避けながらがばりと立ち上がり
「ごめん、結構酔ってるかも」
と疲弊は嘘のように1人ですたすたと部屋に戻ってしまった。
理解をし、噛み砕き飲み込むのに数十秒。
反芻をして、また数十秒。
へたり、とその場で力が抜けてしまった。
こう、かわいいとか好きだとは言われたことは何度もあったが、綺麗なんて言われ慣れてはいないし、ましてや
「愛してる、なんて...」
言われたことが今まであっただろうか。
心臓はどうしようもないくらいに騒ぎ立てている。唐突すぎる。美玖の意図が理解出来ない。どういう風の吹き回しなのか。力の入らない身体を引き摺りながら部屋に戻る。と、言った本人は本人で、両手で顔を覆い仰向けでベットにへたり込んでいた。しかし髪の隙間から覗く耳は真っ赤である。
恐る恐るベッドに近づき、美玖の隣に座る。
「あの、金村さん」
「はい」
「一体どういう...」
何となく気まずさが流れ、少し経ってから美玖は口を開いた。
「いや、さ。高校の友だちに今日会ってさ、これから結婚する子がいてさ。その子が幸せそうにプロポーズされた時の話とかしてくれるの見て、ふと、私って菜緒に、こう、愛を伝えたことあったかなーって。私の気持ちってちゃんと伝わってるかなって不安になって、やっぱこういうのはちゃんと口に出すべきだなと、思ったのですが、」
「ですが?」
「いや、想像よりずっとずっと恥ずかしかった、今なら爆発出来そう」
「私も、心臓壊れちゃうかと思ったんだけど」
「なんか動揺させてごめんね...?」
「いや、謝らなくては、いいけど、そういうのはもっと後に取っといて、でいいから」
「うん」
「私も同じこと返したい、けど、言ったら、どうにかなりそうだし、あと」
「ん?」
「お酒の力には頼らないで、欲しいなぁ、とか」
「あぁ...それはそうだね...でもシラフで言えるほど心臓強くないんだよねぇ...」
「知ってる」
くすっと、お互いのチキン加減に笑ってしまった。私たちが心の中の愛を操るにはまだまだ時間が掛かりそうだった。
「もうこの話やめよ、寝よう、思い出すだけで恥ずかしい」
「うん、寝れそうにないけど」
電気を消して、布団に潜り込むと美玖に抱きしめられる。その暖かさだけで十分だった、必要以上の言葉は私たちにはきっと要らないのかもしれない。
ただ、
「美玖」
「ん?」
「待ってる、から、言えるようになるまで」
「...うん、じゃあそれまで隣にいてね」
「もちろん、美玖もね」
ふふっと笑いながら目を閉じる。相変わらず心臓がうるさかった。あぁいや、これはきっと私のでは無いだろう。だってそれじゃああまりにも割が合わなすぎるから。
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